東方小説 『実りの空に一条の奇跡』 3

「穣子ー、いるー?」

約束の時間、約束の場所。早苗はいち早く来ていて私をずっと待っていた。

「ごめん、ちょっと遅れちゃったかな?」

「ううん、大丈夫よ。こっちが早く来ただけだもの。」

相変わらず早苗は明るい。案外病気にかかってる人がまだ元気なのかもしれないね。

けれどもあの病気には休息期がある。直ったってぬか喜びしててお陀仏、なんて話もよく聞いた。

「早苗の方はハーシュ見つかった?」

「ううん、全然。見つからないの。そっちは?」

「だろうね、まだ時期が早いから。けれども、ほら、ちゃんと見つけたよ。」

そう言ってハーシュを渡す。見つけたというよりかは生やしたんだけど。

早苗はそれを受け取るとじっと観察する。間違っていないかしっかりと確認するかのように。

「これがハーシュ・・・ありがとう、見つけてくれてっ!」

(・・・?)

言葉に違和を感じる。少し考えていたが、不意に体の力が抜けるのを感じた。

(あー、そろそろ限界かな・・・)

もちろん早苗は気がついていない。気づかれないように振る舞っているから−

・・・いや、違う。これは、

「え、な、何でー」

私が、早苗に『憑依』しているのだ。

確かに巫女は神の私を自由に憑依させることができる。けれど、どうして?

「ちょっと荒っぽい方法でごめんね、いきなりだから力が抜けてびっくりした?でも一時的なものだし、それに、こうでもしないと逃げられるかと思って。」

待って、何がなんだか分からないことになってる。一つずつ状況を整理していく。

まず、逃げられるかと、私がどこかに行くってこと?それで逃げられないように憑依までさせて・・・多分どこかに連れていくのが目的なんだろう。別にどこに行こうたって逃げたりはしないのに。

それとも必ず私が逃げる理由があるとする?

(・・・あぁ、そうか)

ハーシュが必要なのに全く急いでいる様子が無い違和、

何気ない早苗の一言の違和、

私をいきなり憑依させる違和。

早苗がある一つの家・・・場所は魔法の森、か。そこにたどり着いたと同時に私はその違和の正体がすべて分かった。

(・・・全部、お見通しってわけか。出会ったあの日から)

突然憑依が解かれる。少しよろめきながらも、倒れることなく両足を地面につける。

「よかった、みんな居たわ。」

「そりゃ居ますよ、あなたが重要なことがあると言いますから。」

集まっているのは半霊、魔法使い、妖怪、妖獣と様々。一括性の無い、混沌とした光景だった。

こんなところに生身の人間がいるのはかなり危ないのでは、と思っていたが、次の早苗の一言でそんな思いは一瞬にして消えた。

「お願い、この子をここに置いてほしいの。いえ、置いていなくてもいい、ただ記憶に留めるだけでも。」

必死の形相で、この場にいる妖怪たちに話しかける。早苗のこんな表情は初めて見た。

流石に見ず知らずの人をここに置いてというのは無茶な話だ。本当に仲がいい人ならともかく。

勿論彼女らは互いに顔を見合わせるばかり。返答など返ってこない。

「・・・早苗、もういいよ。」

袖をくいっと引っ張って小言で伝える。

「でも・・・」

「もう・・・十分だからさ。」

早苗は私が力が残り少ないことを知っていた。

ハーシュのことを頼んだのは、私が何か力を使わないと動いてくれない、すっきりしないというのを知っていたから。

それから、数々の違和の正体。

ハーシュが必要なのに全く急いでいる様子が無い違和、それはそもそも病気の人など始めから居なかったから。

何気ない早苗の一言の違和、それはハーシュの形状を初めて知ったような口振りだったから。実際そうなのだろう、端から探していないのだから。

そして、私をいきなり憑依させる違和。それは、

「・・・もう、消えることに恐怖はないから。」

私が途中で消えないように、忘れないように体に留めておくため。

「あの、ちょっとよろしいですか?」

急に半霊半人の刀を持った人が口を挟む。

「どういう経緯があってここに来たのかは分かりません。けれど、私は言ったはずです
よ、誰も拒みません、と。」

「・・・それじゃあ!」

「えぇ、大歓迎ですよ。」

思わずやや下がっていた顔を上げる。見ると、他の妖怪達も笑顔を浮かべていた。

あまりにも異様な光景に戸惑い、

「ちょ、ちょっと待って、見ず知らずの人だよっ、もしかしたら騙してるのかもしれな
いんだよっ、なのにいきなりいいだなんて事−−

「生憎、私は信じることしかできない者でして。騙されることよりも、自分の信念を曲げることの方が嫌いなのですよ。」

「それに、嘘を付いているようには思わない。そういう、自分を疑えと必死にいう奴ほど、人を騙さないものさ。」

と、後方の九尾。全員の顔を見回しても、私を疑っている人は一人も居ない。本当に、私がここに入ることを歓迎している。

「・・・私・・・ここに居てもいいの・・・?」

そんな問いかけに、早苗は、

「当たり前じゃない、『仲間』なんだからっ!」


・・・今の私はどんな表情をしているだろう。

まだ戸惑っているのかな。

それとも、ちょっと泣いているのかな。

でも、多分。

新しい、自分の居場所が見つかって。


「ほら、自己紹介。」


満面の笑顔では、あると思う。


「・・・穣子、秋穣子ですっ!」



これからは、みんなとの『思い出(しんこう)』を力に。

新しい消えることの無い、自分の居場所で。

その力を、恩をみんなへ。








因みにあの後ハーシュってどうしたの?
藍しゃまがありがたく実験に使いました。

次回誰の過去話を書こうか考えてる。
「誰々加入話やって!」と言って頂ければそれを書きたいと思っています。
因みにこれに当たるのは穣子加入話。早苗はまた別話。