ほんのり小話 30 後日談

収穫祭。私には『始まり』の場所に帰ることが出来なかった。

私の始まりは白銀の季節。そこから始まり、そこから私が生まれた。冬の世界こそ、私の原点で。

そんなことを言っていたら、魔界に帰る途中のアリスと偶然会って、それじゃあ自分の始まりを示す人のところへ行けば、と。

私の始まりの人、それは…


「…あら、レティじゃない。」

太陽の花畑には楓は一本も生えていない。その代わり、山々の鮮やかな暖色の色がこの場を包んでいた。

そんな中、一人でその景色を眺める花の妖怪、風見幽香の姿があった。

そう、ここは私の始まりであり、始まりをくれた人の始まりの場所である。幽香が私に、初めて色を教えてくれて、初めて暖かさを与えてくれた。

「あら、来ちゃ悪かった?」

「いいえ。…追い出すわけないじゃない、あなたにとって、ここがどんな場所か、私はよく知っているつもりよ。」

花の咲いていない花畑の近くに腰を下ろしている幽香の隣にレティもおじゃまする。二人は肩を並べて、静葉たちの居る妖怪の山の方を眺めた。

秋の妖怪の山は一番綺麗な紅葉を見せる。そこに出向く輩が多いことは知っているので、人が多いところが嫌いな二人は遠くからで十分だった。

何よりも、ここがよかった。

「…ねぇ、一年前のこと、今更聞いていいかしら。」

「一年前って…静葉と穣子の姉妹喧嘩のやつ?」

今でも鮮明に覚えている。妖怪にとって、一年はかなり最近のことのように感じるのだ。

短命な人間には想像もつかないような長い時間を生きる妖怪。その生命を、人はうらやましく思うのだろうか。

「えぇ。…珍しいじゃない、あなたが他人の為に一生懸命になるなんて。」

「私は仲間内で何か問題があったら、大体裏で動いていると思うけれど?」

「静葉のこと、仲間だと思ってたの?」

別に彼女のことが嫌いだからではない。幽香は、自分たちのように近い関係ではなく、全くの他人だということを指摘したかった。

レティは一見非情な妖怪のように感じるが、裏でなにかと面倒なことをやってくれることが多い。本人曰く、そんな駆け引きがとても好きだというからだが。

対して、他人の問題には本当に興味が無いのか、あるいはそういう性格なのか、全くといっていいほど自ら手を貸さない。これは、仲間の誰か一人が他の人と、二人の問題にも当てはまる。どうぞ勝手にやってくれと、適当に放り投げるのがいつものこと。

そんな彼女が、今回は首を突っ込んだのだ。それが幽香にはひっかかって仕方なかった。

「…たまたま、そんな気分になっただけよ。」

「隠さなくてもいいじゃない。私は、何か思うことがあって関与したのだと思っているのだけれど。」

全く、幽には敵わないわ。レティは少し目を伏せて、小さくため息をついた。

親友という関係上、隠し事は通用しない。分かってはいるのだが、どうしても時々その間柄が非情に不便だと思う。

「…私には、姉妹なんて関係は無いし、あんたと出会うまで知り合いっていう人だって居なかったわ。だから、独りっていうのがどれだけ辛いか、よく知ってるつもりよ。」

それと同時に、離れていく辛さもと言おうとして、慌てて口を塞いだ。

幽香はアリスのことが好きで、アリスは幽香のことが好き。二人の恋を応援しているも、どこかで幽香が自分から離れていく感覚に恐怖を覚えている。

彼女の距離が近くなるほど、自分の居場所が消えていく。自分の居場所だった、昔はそうだった、そう変わっていくように錯覚する。

…そんなこと、言えるはずがない。うつむいて言葉を詰まらせるレティを見て、あまり話したくないらしいと感じた幽香は、それ以上追求しなかった。

「…いいわ、話したくないのなら。悪かったわね、いらないこと聞いて。」

そう言って、苦笑いをしてみせる。…どうやら、奥に隠しているこの気持ちは知られていないようだ。

「いいえ…ただ、これだけは言っておくわ。察しはその通りよ。」

自分がよく知っていたから。

姉が離れて、本当は寂しいのに必死に強がる穣子。それが、とても自分を見ているように思えたから。

本音を明かしたいのに、一番頼れる人にそれが打ち明かせない。

何故か。聞かれると、とても難しい。

ただ、何かが怖いとしか言えない。

何か、本能とでも呼べる何かが本音を邪魔するのだ。

くだらないプライドが、自分の自尊心が弱い心を酷く嫌い、隠そうとする。

隠して、消してしまいたくて、必死に我慢する。

その気持ちは徐々に自分を壊していく。

自分の内側に潜む猛獣。それを手懐けられるのは、他でもない、自分だけ。

たとえ他人の力を借りて、大人しくさせることが出来たとしても。最後は自分が何とかしなくてはいけない。

…分かっているからこそ、向き合えないのだ。


そんな気持ちが、自分で勝手に穣子と照らしあわせて。

結果的に、彼女は自分の本来の場所を取り戻した。

けれど、私は帰れない。ここには、私の始まりの場所はあっても、本来の場所は無い。

私の本来の場所は、冬、そのものだから。


「…私ね。あんたの言った通り、いつか冬に感謝するときが来るって。今なら分かるわ。冬は私を産んで、そして、守ってくれた…母親のようなものだったんだって。」

少し、穣子が羨ましかった。

少しだけ、皆が羨ましかった。

皆は帰るところがあるけれど、私にだけは無いから。

「…何、ホームシック?」

「そんなんじゃないわよ…ただ、いいなって思っただけ。帰るところがあって…家とか、家族とか、そんな関係、あるいは近い関係があって。」

妖怪には家族なんて居ない。

けれど、寅丸には命蓮寺、パルスィには旧都、衣玖には天界…帰る場所があって、待っている人たちが居る。

私だけ、いつまでもひとりぼっち。

そう呟いて、私は自分の失態に気がついた。少し、本音を吐きすぎた。

極力、弱い自分は見せたくなかった。ただの強がりだと、よく分かっていても。

そんな様子を見て、幽香は山の方を向いて笑って言ってくれた。

「…私だって無いわ。私だって、誰も怖い妖怪だって近づいて来ない。独りっていうの、よく知っているわ。皆から慕われている私があるのは、今の仲間のお陰なのよ。」

自分も独り。あなたも独り。だから。

「…私が、あなたの待ち人じゃだめかしら。関係が無いのなら、作ればいいわ。もちろん、皆のような深い関係じゃなくって、親友としての関係でしかないけれど…それでも、埋め合えると思うわよ、私は。」

言い切っても返事が無い。レティの方を改めて見て気がつく。そこに、彼女の姿は無かった。

その様子を見て、思わず幽香はくすりと笑った。

「…全く、強がっちゃって。」

耳を澄ませば彼女の必死に涙を飲む声が聞こえるかしら。

再び山を眺める。何色も重ね塗られたキャンバスは一言で何色とは言えない。

その、何色と言えない自然の色が、私は大好き。複雑で、言葉で表現出来なくて。

でも鮮やかで、自由なその色が、

私は何よりも大好きなの。














山月記か!李徴か!!
はい、これでこの話は本当に終わりです。長い間お疲れ様でしたっ!
…そして。はーいフラグ回収わっすれましたーっ((
フラグというよりも、説明不足の方が正しいですね。えっとね、秋姉妹の『約束』の部分にほとんど触れていなかったなって思って。
…ま、いっk((またの名前を諦めた

それから、最後の。幽香のあのセリフは、勿論レティの心のことも指してますよ。
彼女の心はとても複雑で、一言では表せなくて。けれど、自然に、自由に生きている彼女が私は大好き、そんな意味があったりします。


えっとね、結論。今回はスッキリしてて読みやすい。
それから。コメントくれたキバリ、NUさん、つらね、刹鬼、本当にありがとう!
ただ、思わず笑ったのが。
キバリは「衣玖さんのとこ感動した!」
NUさんは「秋姉妹のやり取りに涙腺崩壊。」
つらねは「作戦会議皆の能力が生かされてて感動!」
刹鬼は「何げに藍と衣玖さんと早苗のあそこの説得すごいよね。」

皆バラバラかwww



コメ返。
>つらね
後書きは全力でシリアスな雰囲気をぶち壊す。それが犬のモットーd((
今までに後書きをふざけなかったことがあっただろうかいいや無い。

今回はそこを生かした作戦にしたかったからねーw気付いてくれてわんこ嬉しいw
だから本当にとじぃ、何も生かせることが無かったの…ごめんよとじぃ!

あぁ、失せなさい?あれはもう幽香さんのほぼ名言。最近あんまり言わないけれど、さとりのバカか並に名言b