長編小説『蓮華草の贈り物』 2

長いですよー。



「…で、あたしに用事って何かしら?」

本当に待ち人は昼過ぎにここへやってきた。美しい緑色の髪の毛をさらりと靡かせる奇跡の神、東風谷早苗だ。大半のことは穣子に相談するのに、あたしに相談してくるなんて珍しいわねと、そう言いたげな表情だった。

結構長くなると思い、リビングのテーブルに対面した形で座る。他の仲間も気を使ってそこを空けてくれた。

「はい。…探している人が居るので、それを手伝っていただけないでしょうか?」

「?探し人なら簡単よ。名前言ってくれれば一発で探し出せるわ。」

グッと親指をたてる。その名前が分からない上、生きている人でないから難しいのだが。

「あの、ええっと…その人、今はもうこの世にいらっしゃらなくて、名前も分からないのですよ。…その、すみません。」

「あら、そうなの?いいわよ、謝らなくて。あたしの早とちりだったんだから。」

しゅんとする衣玖に対して、笑顔で手を上下にぶんぶん降る。彼女の明るさは人がいいと言えばよく聞こえるが、何となく大阪のおばちゃん臭い。

気遣いだと分かっているのでそんなこと口が裂けても言えないが。

「で、その人とはどんな関係なの?妹?お母さん?恋人?あ、恋人は違うわね、今初恋のお相手さんがいるもの。」

「なっ、ち、違いますよ!み、穣子とは別にそんな関係では

「誰も穣子っては言ってないんだけれど?」

赤面して慌てる衣玖をニヤニヤしてからかう。それはもうとても楽しそうに。

自分の失態に気が付き、何も言い返せなくなる。

「…とっ、とにかくっ!私は友人として、あのお方が好きなだけなのです!」

「はいはい、そういうことにしといてあげるわ。」

くすくす笑いながら、衣玖の額に人差し指を当てる。衣玖が穣子に少なからず恋愛感情を覚えているのは、別に早苗だけが知っていることではない。本人はできるだけ隠しているつもりのようだが、そのことを知っているものは結構多い。

軽くはじき、手を組んで肘をつき、その手の上に頭を乗せて真面目な話に切り替える。といっても、お気楽そうで堅い雰囲気は一切なかった。

「で、結局どんな人なの。…過去に助けてもらった恩人とか?」

「…知ってるのですか?」

「ううん、勘。」

適当に言ってみたら当たったわ、と苦笑しながら肩を竦める。相変わらず勘の鋭い神である。今に始まったことでは無いが、いつもその偉業には驚かされる。

「…そうですか。えぇ、その通り、過去の恩人です。……」

頼む以上、本当のことを言わなければならない。自分が龍の言葉を人間たちに伝えていることはもう皆が知っていることだ。しかし、少女に助けられたそのことは、仲間の中では穣子しか知らなかった。

もう一人の恩人であり、親友であるルナサにもまだそのことは話していない。そのことを話してしまえば、今度こそ本当に自分を嫌いになるのではないか。そのような思いがあったし、話す機会のようなものが、つまりきっかけが無かったのだ。

また、早苗は人間たちと関わりが強く、更に神になる前は人間だった。だからこそ、余計に怖かった。彼らと同じ意見なのではないか。

「…言いにくいことは分かるけれど、言ってくれなきゃ分からないわ。勘で何があったか把握することはもしかしたらできるかもしれないけれど…自分で言わなきゃ、意味がないと思うわ。」

あたしたちは仲間なんだから、今更嫌うことなんて無いわ。そう最後に付け加えた。

その言葉に救われ、ようやく話す決心がつく。覚悟を決め、昔あったことをすべて隠さずに早苗に教えた。

自分が殺されそうになったこと。それを助けてくれた少女がいたこと。その少女は最終的に人間に殺されたこと。それらをすべて。

「…クソッタレな話ね。」

唾を吐き捨てるかのような口調だった。やはり自分は最低なやつだ、そう非難されるかと思ったが、怒りのベクトルは別に向いていた。

「前々から人間たちにそのことですっごい言いたいことあったけど…それはもう反吐が出るわ。それで同族を殺す…?おかしいでしょ!何考えてるのよあの人たちは…!」

「…!?早苗さんは…人間だったのですよね?でしたら、人間たちと同意見なのでは

「は?あたしは確かに人間だったけど、あんな非道な輩と一緒にしないでよ!もし人間だからあんな考え方をするって言うのなら、あたしは今すぐ人間やめるわ!」

もうやめてるけれどと自分でツッコミを入れる。あまりにも衣玖が思っていたリアクションと違い、思わずぽかんとする。

「…あの、早苗さん人間の里の方々と繋がり深かったですよね?」

「深いけれど…あぁ、そのときのこと知らないのかって?そりゃそうよ、それってあたしが8歳くらいのときだもの。まだ外の世界に居たわ。」

成る程、と思わず手をポンとたたく。早苗が幻想郷にやってきたのは彼女が15、6歳の頃だった。今の彼女は年齢という概念が無いので、思わずそのことを忘れてしまいそうになる。

外の人間だったことを忘れそうになるくらいに、この幻想郷に彼女は馴染んでいる。寛容だというか大胆というか…外の世界の人間には到底受け入れられないことを、彼女はあっさりと受け入れてしまったのだ。

「全くあんたはお人好しよね。あたしだったら絶対災いのこと伝える仕事ばっくれるわ、それ。」

なぜ、自分を理解しようとせず、敵視してくる輩をあえて自ら助けに行くのか。そんな意味が含まれていた。

目を瞑り、ぽつりと呟く。

「…例えば。自分を生んでくれた母親が暴力をふるってきて、毎日生傷が増えるだけで、ロクに愛をもらえない環境だとしましょう。貴方はそれで…母親が憎いから殺す、なんてことはできますか?」

どれだけ憎くても、どれだけ恨んでいても、その人は唯一の肉親なのだ。紛れもなく、自分を生んでくれた母親。

子供というのは、どんな暴力を受けようとも、どれほど愛されなくても、それでも親を守ろうとする。可哀想な話であるが、子供とはそういうものなのだ。

…まぁ、そこは流石常識にとらわれない早苗と言うべきか。

「あたしならそれ、家を飛び出して優しそうな老人が住んでるところに匿ってもらって、そこでぬくぬくと暮らさせてもらうわ。」

「……」

いや、そういう話では無くてね?ただどうしてって言われたからその例え話をしただけでしてね?色々と言いたいことはあったが、言ったところで首を傾げられるだけだろう。

「…いえ、もういいです。」

伝えることを諦めることにした。

「ん、そう?…で、話を元に戻すわね。結局あたしはその女の子を探してくればいいってのは分かるけれど…何を探せばいいの。名前とか、どんな容姿だったかとか?」

「そんなところですね。それから、どのような性格だったか等も聞いていただけると嬉しいです。…私では、ロクに話も聞いてもらえないでしょうから。」

確かに、と思わず苦笑する。衣玖が人間の里に向かうとすれば、間違いなく人々は彼女の言葉を聞かず、追い出そうとしてくるだろう。疫病神の名は今でも健在している。

対して早苗を向かわせるのは、彼女は里の人々からは信頼されている。自分たちの中では、一番里に行って聞き込みしても問題ない人物だと思い、衣玖は彼女に頼むことをした。

更に、早苗は情報収集力がずば抜けて高い。職業巫女とは絶対嘘だろと言いたくなったことだって幾度となくある。それらを踏まえると、これ以上適任な者は居ないだろう。

「分かったわ。それじゃ、人間の里でそんな子がいなかったか聞き込みに言ってくるわ。一日で成果がでないかもしれないけれど、その辺は根気よく待ってね。」

勿論と、衣玖は首を縦に振る。それを見るとにやりと笑って立ち上がる。自分の身なりを確認し、問題がないと分かると、そのまま玄関の方に向かった。

が、唐突にぴたりと足を止める。振り返って、小さな声で言った。

「…大分、変わったわよね。何事も自分で完結させようとするあんたが、こうやって信頼して頼みごとをしてくるんだもの。」

「…一人ではどうしようもない。けれど、皆さんの力を借りて、初めて成せることもある。…学んだのです、一昨日の一件で。」

「…成る程ね。悪くないわよ、その考え方。むしろ、よく言えるようになったわ。」

そう言い終えると、再び玄関へと歩き始める。言われたことを心の中で数回再生させ、じっと瞳を閉じた。

こう考えられるようになったのも、穣子やルナサのお陰ですね。ぽつりと呟き、早苗が帰ってくるのをここで待つことにした。


  ・
  ・
「−−っと。」

風の力を使い、数分ほどだけで人間の里にたどり着く。風祝り(かぜはふり)のため、このような技は朝飯前だ。

突然空から降ってくると流石に驚かれるので、少し離れたところで足をつく。積もっていた雪がふわりと舞い、太陽の光を乱反射させながらゆっくりと落ちていった。

気温は結構低いのだろうが、神である早苗はさほど寒さを感じない。始めは少し悲しかったものがあったが、今ではすっかり慣れてしまい、難儀しなくていいと楽観的にとらえている。

人間の里に着くと、厚着をしている人たちの姿が目立った。そういえばこの服だけど、あまり冬に寒くて困ったことはないことを思い返す。寒くなかったというか、我慢ができたというか。

「おっ、早苗さんは今日も薄着だねぇ。」

唐突に後ろから声をかけられる。誰かと思えば、八百屋を勤めている一人の中年の男の人だった。

朗らかに笑いかけてきたので、こちらも笑顔で挨拶を返す。意外と昔からよくしてもらっていて、仲も結構良かった。

「まぁね!若いから、寒さなんかに負けないわよ!」

「神なのに若いとかあるのかい?」

ビッと親指を立て、明るく答える早苗に向こうも笑顔で答える。そのやりとりに壁は無かった。

神と人間がこうも友好的な関係を結ぶことができるものなのか。神と聞くと、どうしても威厳たっぷりの偉そうにするイメージが強いが、彼女は本当にフレンドリーで、誰とでも仲良くなれるタイプだ。元々人間だったこともあり、自然と距離は近くなるものなのだろう。

神様っぽいかと聞かれるとそうではないと誰もが答えるだろう。人が良くて明るい彼女故に神様というよりも、やはり人間と認識されることが多いようだ。向こうは勿論神と認識しているつもりなのだろうが。

「乙女はいつでも若いものなのよ。それに、新米神様だもの。…さてと、そろそろ本題に入らせてもらうわ。」

「?俺に聞きたいことでもあったのか?」

話しかけてきたのは男の人のほうだったため、少し驚いている。正直誰でもよかったのだけれど、と心の中でぼそりと呟いた。勿論顔には出していない。

「えぇ…ここに竜宮の使いがたまに来るでしょ?」

「…!あ、あぁ…」

体をびくりと震わせる。あまりいい印象を持っていない反応だ。早苗はそれを見逃さなかった。

少なくとも、衣玖がここにきて、災いを伝えることは知っている。それと同時に、疫病神として後ろ指を指している者の可能性も高い。

それに対して言いたいことはあったが、それを言い出しては本当の目的を忘れてしまう。ぐっとこらえて、聞きたいことのみを尋ねた。

「…大体12年ほど前だったかしら。人間が彼女を殺そうとして、里の人間が止めに入ったことがあるそうなのだけれど…貴方、知らない?」

「…里の人間が?」

年齢的にも知っているはずだ。それに、嫌悪を覚えているのなら、女の子を痛めつけていた参加者かもしれない。そう睨んだ。

しかし、男の返ってきた答えは違うかった。腕を組み考え込んでいたが、やがて、

「…いや、分からないな。」

「…?そう…」

嘘であるか。じっと顔を見たが、あれは嘘をついていない。本気で、心から分からないらしい。

たまたまその騒動に参加していなかったのか…いや、考えにくい。衣玖が来て帰っただけならまだしも、人間が一人死んでいるのだ。それで騒ぎにならないはずがない。

しかし、これ以上この男からは何も聞き出せそうにもない。

「…なぁ、あの疫病神のこと…あまり口にしないでくれないか?あいつは…俺の子供を奪ったんだ…」

「……」

藍やレティなら、ここで冷静に首を縦に振ることができただろう。

自分が首を突っ込む必要はない。ましてや、騒ぎが大きくなるだけだと。そう、冷静な判断ができただろう。

…しかし、そこは情に厚い早苗だ。一言何か言ってやらないと気が済まなかった。…といっても、まだ正しい判断はできたほうだろう。

「…分かったわ、あんたの前ではもう言わないわ。けれど、これは言わせてちょうだい。…お門違いだって思わないわけ?」

「…!?早苗さんはあいつに肩を入れるのか!?」

「そうじゃないわ。ただ、彼女の忠告を素直に聞いていれば、あんたのお子さんの命、守れたんじゃなくて?」

「そんなことないっ!…あいつが…あいつさえ来なければ…っ!!あいつがここに来たから…来たせいで、俺の子供はっ…!」

「…そう。」

「…どうしてあんなやつが…っ!!あんなやつに…!!来なければ…あいつが来なければ…っ!!」

「……」

このときすでに、早苗には怒りの感情は消えていた。ただそこに、可哀想だという、哀れむ気持ちしか無かった。

…少しだけ、衣玖が責められる理由が分かった。自然災害で大切な人が死んだ場合、それを向ける矛先がどこにもない。

自然に矛先を向けて何になる?そこに何があるという?

嫌でも理解させられる、理不尽な定め。では、この向ける先の無い矛をどうすればいい?

…そこにいるのは、理不尽を告げるだけの妖怪。伝えて帰り、また伝えにやってくる。淡々と冷酷に、定めだけを。

お前さえ、と非難の言葉。それは同時に、助けてくれと、裏を返せばそのような意味になる言葉。この理不尽を伝えるだけではなく、止めてくれというもう一つの願望。

…己の無力を呪うのもよく分かる。これほどの人間が助けを求めてくるというのに、自分では何も手助けすることが出来ない。無力なばかりに、告げることしか出来ない。…本当は守りたくても守れない、だから、自分の出来ることをやり通す。

「…全く。やっぱり分からないわ…あのお人好し竜宮の使いは…」

ぽつり、そう呟く。男の耳にはその言葉は届かなかった。

災いを告げ、自分に矛を向けられて、その矛を受け止めるかのごとく、体に突き刺されることを我慢する。痛いと叫ぶことも無く、ただ人間の為に、己の肉を好きにさせて。

…とんだ事故犠牲だ。反吐がでるといったらありゃしない。本当に可哀想だ、あの竜宮の使いも、すがりつく人間も。

そこで、考えるのをやめた。これ以上考える気にもなれなかったから。

男に一礼をして、その場を離れる。そこからまた他の人に情報を求めて。それ以上は首を突っ込まなかった。

やはり衣玖のことをよく思っていない輩は多い。自分の妻が、妹が、おじいちゃんが…そのような話を何度も聞いた。

聞くたび、ただそうかとしか返答はできなかった。多すぎたのだ、その数が。

「…聞けるのは、お門違いの哀れな嘆き声だけね。肝心の女の子の話は誰一人として聞かないわ。」

一度戻って、衣玖にそう伝えようとしたその刹那、くいくいっと、服の裾を引っ張る者に気がついた。







あまりにも昼フェイズが長かったからちょっと分けた。本当にちょっとなんだけどね!