長編小説『蓮華草の贈り物』 5

今日は皆大好きあの子が出てくるよ!






一方衣玖は、プリズムリバー三姉妹の家にたどり着くとすぐにルナサの姿を探した。

この日彼女らの家には屠自古、娘々、さとり、ルナサの四人が揃っていた。こいしは外へ遊びに行っているらしい。ということは、こいし以外の皆が今日は揃っているということになる。

「どうしたの衣玖さん、大事な話って?」

「大事な話なんだから、やっぱり告白?」

ルナサに大事な話があるから二人で話がしたい、そう言うと何を勘違いしたのか、娘々がとても嬉しそうにこちらに首を突っ込んできた。

「違いますって!全く…どうして皆さんすぐに恋愛と結びつけて話をお考えになるのですか…」

「乙女の定め。」

「そんな定めがあったら話が一向に進みませんよ!」

からかうのが楽しいと言いたげにくすくすと笑う。傍らでは屠自古の娘々への冷ややかな目線と、どうしていいか分からずにオロオロしているルナサ。…ルナサ、無理はしなくて良いのですよ。

とりあえず、衣玖はリビングにある椅子に座らせてもらう。隣にはさとりが居て、本を読んでいた。大事な話でも、特に隠す必要は無いので席はそのままで。

不意に彼女が本から目を離し、屠自古の方を向いてぽつりと話す。

「…そういえば屠自古。神子さんに集合の声がかかっていたのは今日ではありませんでしたか?」

そうだったっけなと、カレンダーを見て確認する。しかし、やはり明日の予定になっていた。

と、そこへ。

「何をしているのじゃ屠自古!お主、日付を今日に変えたいと言っておいてそのまま忘れたのか!おっおっ!?」

突然の大きな声。耳を塞ぎながら声のした方向を見ると、窓から身を乗り出してキャンキャン騒ぐ布都の姿があった。

こいしのときは身を乗り出してという表現が正しかったが、彼女は完全、乗り出しすぎて落ちている。窓に足を引っかけて、顔は床の上という何とも手遅れな残念な体制になっていた。

「お前…パンツ見えるぞ。」

はいてないから良いわ!」

「良くねぇよ!…っていうか何ではいてないんだよ女捨てるなっ!!」

相変わらずのアホさ丸だしである。ただ、布都を見ていたらようやく思い出したようで。

「…あっ、そうか!明日さとりに一日付き合うことになっていて、それで日を変えてもらったんだったな…」

「え、付き合うって何よ!あたしっていうとじぃの恋人が居ながら!」

「ちーがーうー!その付き合うじゃなくってぇっ!」

「そうですよ、どうしてこんなクソ大根と。」

「さりげなく大根って言うな!さりげなく罵倒するなっ!」

四人のギャーギャーうるさい声に耳を塞ぎながら、横でその光景を衣玖とルナサは冷や汗をかきながら黙って見つめる。完全に彼女らの気迫に押されていた。

これが俺嫁大戦というものか。…いや、屠自古争奪戦か。あの幸せ者め。

「あ、あたしも付いていっていい?」

「む、多分良いぞ!どうせそんなおっきな話にはならぬ!」

「わーいやったあ!」

「お前が理解してないだけだからな!結構大きな重要な話とかしてるからな!!」

そりゃあ、1足す1を日と答えるようなお方ですし。それを思い出して、思わず衣玖は苦笑する。

残念ながらあれは1引く1だ。

「それでは屠自古をつれていくぞ!」

「えぇ、行ってらっしゃい。」

そう言うと、自分の体を作用反作用の原理を用いて浮かせ、屠自古の腰に腕を回し、

「ちょ、ま、」

なんとそのまま引っかけてある足を軸にしてグルンっと外へ出て、屠自古をバックドロップに近い形で後方へブン投げる。何という人間離れした力、これぞ仙人の力か、多分関係ない!

窓から出るときに一度ゴンッという鈍い音、そして地面に首から落ちてメキョッて音が聞こえた。多分、計二回頭を打っている。

そんなものお構いなしに、布都は屠自古を引きずってズルズルと帰っていった。それに続いて娘々も家から出ていく。

「ふぅ、これで静かになりましたね。」

「いやいや、いやいやいやいや。」

そっと心の中で合掌する。哀れというか、ご愁傷様というか…複雑な気持ちが渦巻く中、とりあえず大きく一回深呼吸をして心機一転を計った。

「…屠自古…流石に大丈夫かな…」

「問題ありませんよ。あれは腐っても亡霊ですし。物理的に昇天とかどんだけひ弱で軟弱なんだって話です。」

「…同意ですね。大体、あのお方なら十字架投げられても平気そうですしね。亡者退散も効きそうにないですし。」

ねぇ、と二人のボロクソの感想。それを聞いて、ルナサはこう思った。

…まぁ、屠自古だから、いっか。

愛故のぞんざいさ、で全てが片づくのは流石屠自古。血も涙も無いけれど、彼女は今日も懸命に生きて(?)いる。

「…さてと。話が大分逸れてしまいましたね。本題に入りますがよろしいでしょうか?」

こくり、と小さくルナサは頷く。さとりは自分には関係の無い話だということで、横で再び本を読み始めた。

先ほどのふざけた空気が消える。けれど、やはり張りつめた空気では無かった。

「…まず、私には…貴方に助けられる前に、もう一人恩人が居たのです。」

「…?私が衣玖さんの、人間の里に居るとこを初めて見る前…?」

この話をするのは一体何度目だろうか。それでも、衣玖は皆に話してきたように丁寧に説明をした。

ルナサもまた驚いたが、何故か安堵の笑みを浮かべる。それが気になって、衣玖はその理由を尋ねた。

「…あぁ、ごめんね…?…その、衣玖さんにも、ちゃんと理解者が居てくれて良かったな…って。…亡くなっちゃったのは辛いことだけど…けれど、その辛いことを話してくれるっていうのは…皆のこと、信じられるようになったんだなって…それが、嬉しいの。」

「…ルナサ…」

何と健気な子だろう。思わず彼女の優しさに胸が熱くなった。

泣き虫で引っ込み思案、けれど、純粋で優しい心と強い意志を持っている。そんな彼女に一体何度助けられただろうか。

「…私に…それで、女の子の捜索…協力して欲しい、って、ことだよね…?」

「はい。今は早苗さんに手伝ってもらっているのですが…どうしても人手不足でして。なかなか情報が集まらず、難儀しているのです。」

その言葉に、勿論と、笑顔で答える。屈託のないその表情に、衣玖も笑ってありがとうございます、とお礼を言った。

「そうだ…それなら、さとりさんも…手伝ってくれないかな…?」

「…私が?」

「はい。大まかな話はお聞きになったと思います。…貴方の心を読む能力は、捜索の上でとても便利な能力なのです。…ですから、」

「言いたいことは分かりました。皆まで言わなくても分かります。」

ぱたんと本を閉じて、真っ直ぐ衣玖の瞳を見てさとりは言い放った。

「お断りします。」

目を鋭くし、冷たい視線が二人を射抜く。否定の気持ちはかなり強いことがすぐに伺えた。

「…!?な、何でっ…?」

「私が人助け?見返りなしに、ボランティアですか?ははっ、笑えますね。大体、嫌われ者の私が人里に行って何になるというのです。」

嘲笑にも似たその表情に、ルナサはどうしても納得がいかなかった。

衣玖の想いを聞いて、それでも彼女は動かないのか。何とも想わないのか。どうしても納得できなくて。

「…衣玖さんの、衣玖さんの心、読めるんだよね…?それで…どれだけ、どれだけ女の子ことを申し訳なく思って、それで償いたい、そんな想い、分からないの…!?」

「私には関係ありませんよ。いちいちそんなものに感化されていては、サトリ妖怪は生きていけません。冷酷に生きることしか、私たちには許されていないのですよ。」

興味が無い、一生懸命になる理由が無い、自分が動いたから何になる?

衣玖は口出しすることなく、その二人の会話を黙って聞いていた。…いや、できなかったの方が正しい。

何となく、だが。…さとりが、あの冷たい妖怪が、何となく感情を押さえているように見えたのだ。

「…じゃあ、何でっ…何であのとき、穣子たちのときは手を貸したの!?偽善者気取りだったの!?」

「あれは藍さんと同じ感情があっただけです。あの穣子が落ち込むなんて、地球の自転が逆になるくらいに珍しいと思いまして。それで力を貸しただけです。」

「…そんな機械的な感情しか持ってなかったのっ!?そんな

「ルナサ、もういいです。」

ボロボロと涙をこぼし始めた彼女に、衣玖がストップをかける。感情的になっている彼女の肩にそっと手を置き、じっとさとりを見つめて。

「…貴方の仰ることは正しいです。」

「…っ!?衣玖さんまでっ…」

「考えてもみてください。普通、力になりたいと思う方がどうかしているのです。自分に何も利益が無いのに、それで動くなど…よっぽどのお人好しで無い限り、そのようなことありません。それも、自分に関係の無い、興味の無いことを無益に、見返りなしで…ルナサ、それは…貴方が人がいいだけなのです。」

「っ……」

しばらくの沈黙。さとりも、ルナサも何もその言葉に反応が返せないでいた。

その静寂を破ったのはやはり衣玖。さとりに一礼をして、少しだけ微笑んで言った。

「…すみません、無理を頼んでしまって。このことは忘れてください。」

行きましょう、とルナサの袖を優しく引っ張る。やはりまだ納得が行かなかった彼女は、家を出る前に、強くさとりを睨みつけた。

その瞳に、少しだけさとりは肩を震わせる。けれど、二人はそれに気がつくことなく、部屋を出ていった。

残されたさとりは宙を見つめる。誰もいなくなった、静かな虚空を朧気に見つめて、ぽつりと呟いた。

「…二人とも…すみません…」

その言葉は誰に届くこともなく、空しく静寂にかき消されていった。







今回もやっぱりふっちーに皆萌えたのだろうか。
あと後半の急なシリアスに驚いた人も居るのでは。

あ、土日も更新します。けれど、土曜日は更新する時間が遅くなります。9時〜10時くらいに更新する予定です。