長編小説『蓮華草の贈り物』 10

ついに二桁&最終日っ!今回の話は読んでて神妙な気分になってくるかと。






― 四日目 ―

「…衣玖さんは?」

朝早く、穣子は自分よりも先に起きてこちらに来ていた早苗にそう尋ねる。

早苗は肩を竦めて言った。

「…昨日、泣きわめいて気を失っちゃったわ。相当ショックだったのでしょうね…」

あの後、早苗が言うには、狂ったように泣き叫び、自分を責める衣玖の可哀想な姿があったと。

彼女の叫び声は穣子の耳にも届いていた。

その瞬間、自分が隠していた本当の理由に気が付いてしまったことを知った。けれど、だからといって自分はどうすることもできない。

ただその事実の裏にある『想い』に気が付いてもらうしかないのだ。

「…ねぇ、早苗。…あたし、どうしたかったと思う?」

「何が?」

「…衣玖さんに、自分があのとき助けたってこと、気付いてほしかったと思う?」

それは、自分を殺してしまったものがたどり着く末路。本当に哀れなことだとは思う。

自分に嘘を付き続けた故に、自分の本心が分からなくなってしまった。穣子は、そんな典型的な例だった。

自分の気持ちが他人になど分かるはずがない。けれど、早苗は推測して、こう言ってくれた。

「…あたしは間違いなく、心のどこかでは気付いてほしいって想いがあったと思うけれど?」

「…どうして?」

「理由は二つね。まず一つ、気付いてほしくないんだったらあんな中途半端な嘘はしないわ。」

全員口止めさせるとか、もっと徹底できたはずである。

しかし、穣子は賢い者、すぐに感づく者だけに口止めをさせて、事実に気が付くまでの時間稼ぎをしていただけにしか見えない。

きっと、それは自分でも分からなくて、自分で考える時間がほしかっただろう。あるいは、気付いてくれたら話そうという、一種の賭にも近かったかもしれない。

「次に。あんた…衣玖さんに、あれを渡したでしょ?」

「あれ…あぁ。なるほどね。」

そっか、と微笑んで満足した表情を見せる。

その表情を見て、早苗も一つ質問を投げかけた。

「気になっていたのだけれど。あんた…衣玖さんのこと、自分を殺した悪人とか、思っていないわよね。」

「……」

その質問に目を瞑って答える。

「…もちろん、思うはずないでしょ?あたしはただ…衣玖さんが自分で自分が許せなくなる。自分を責めることになる。分かってたから隠してた。…これは、本当だよ。」

「…そうね。」

本音が分からなくなっても、確かな想いはある。自分でもはっきりと分かる、彼女への想いが。

さてと、問題は衣玖さんの方なのだが…困っていると、不意に三人の人影が向こう側から歩いてきた。

「ん、寅ちゃんにパルスィに…お姉ちゃん?」

どうしてお姉ちゃんがここに?それを寅丸が的外れなことを言って答える。

「昨日のやりとり、すべて横でパルスィと聞いていました。」

首を傾げる早苗。それに対して、しばらく考えた後穣子は手をぽんっとたたいた。

「…なるほどね。お姉ちゃんにも、全部伝えたの。」

「…えぇ。お節介だったかしら?」

パルスィのその言葉に首を振る。寧ろ、好都合だったかもしれない。

いつかは、姉にも伝える必要がある事実だと思っていたから。

「…み、穣子…そ、その…」

ごめんなさい、と深く頭を下げる静葉。何で謝るのと尋ねるが、その理由は分かっていた。

衣玖さんと同様、静葉もまた…悪く言えば、穣子を殺そうとした一人だったから。

そんなつもりは無くても、事実上そうなってしまう。

「お姉ちゃん…最低だよね…いらないこと、して…穣子のこと…危険にさらして…」

「…お姉ちゃん。」

しゃくり泣く彼女に、穣子は自分の服の袖で涙を拭ってやる。少しだけ高い位置にある紅の瞳をじっと見つめ、笑顔で言った。

「怒ってたら、憎んでたら…今こうやって仲直り出来てないよ。そりゃあ、ずっと会いたくないって思ってたけど。それは…あたしのただの強がりだっただけでさ。」

だからもう気にしないで。優しい言葉に再び泣き出す静葉に呆れてため息を一つ。

その様子に寅丸は穣子の頭を撫でる。

「…よかったですね、姉とこれで、本当の意味で仲直りできて。」

やっぱり狙ってたんだね、と苦笑を漏らす。それもありますが、と廊下の反対側を見つめてパルスィが呟いた。

「永江さんに何か言ってあげるの…秋さんが適任だと思ったのよ。言ったら悪いけれど、同じような立場だし…」

「それに…静葉さん、この間仲直りをするきっかけを与えてくださったから、今度は自分がきっかけを与えたいと。」

なるほど、礼儀正しい彼女らしい。まだ少し涙を流しながら頬を赤らめた。

「…お姉ちゃん、よろしくね。…衣玖さんには、最後の謎解き、やってほしいから。」

「あー。あんたのあれ、ね。謎解きっていうか…ねぇ。」

静葉を残して、四人はリビングの方に向かう。聞かれていると知っていれば、彼女は緊張して上手く励ませない。そんな気遣いだった。

目的は、あくまで衣玖に気が付いてもらうこと。だから、出る幕が無いときは、ただ信じて待つことだけ。




「…ん……」

目覚めは正直胸くそ悪かった。一時的に意識が途絶えていても、胸にべったりと残った不快感はそのままだった。

起きてすぐに自己嫌悪に陥る。自分の存在を真っ向から否定する。

「…ははっ…何でこんな妖怪が…彼女のことを忘れて、のうのうと生きていたのでしょうね…」

思い出すだけで自分に腹が立ってくる。乾いた笑みは窶れ、今にも再び泣き出しそうだった。

外を見ると激しく雪が降り続いていた。その冷たい白は、すべての存在を多い隠し、凍えさせてしまう。

そうして、多くの生き物の命を奪って…

少しだけ、その雪に自分の姿を照らし合わせた。

他人の命を簡単に葬り去るくせに、自分自身はか弱く、日の光を浴びるとすぐに消えてしまう。

光が届かないところでは長い間残り、自分の存在を主張しないながらもすぐに消えることもない。

その姿が、激しく自分と似ていると思った。

ぎゅっと布団にうずくまる。今自分がどんな顔をしているかは分からないけれど、きっと、酷い顔をしているに違いない。

「…私は、穣子に自分を頼れなんて言いました…けれど…私なんて、信用されるべき妖怪ではなかったのです…」

彼女にとって、私は殺人者同然だろう。

そんな人を信用しろだとか無理な話だ。

傲慢、都合がいいにもほどがある。

分からなかったから、気が付かなかったから。

そんなもの、ただの言い訳でしかない。

言い訳でしかないからこそ…余計に、自分が許せなくなる。

「…私なんて…私なんて…居なかった方が…!私が居たから…っ!!」

自分に何度も否定の言葉をぶつける。自分で自分を傷つけて、それでも満足できずになおも己を傷つけて。

その刹那、扉を数回叩く音が部屋に響く。入りますと小さな大人しい声が聞こえた。その声は聞いたことがないわけではないが、あまり強くは印象に残っていない。

多分、いつも連んでいる仲間ではない。力無くどうぞと言って入らせてようやく気が付いた。

話すに話しにくい相手を通してしまった。

「…少しお話よろしいでしょうか。」

穣子の姉、静葉の声が胸に刺さる。体は起こしたものの、彼女の方を見ることが出来なかった。

「…静葉さん…すみません、私は…」

「何があったか、それは全部聞いています。…貴方が何をやっていたかも、すべて。」

そうですか、と力無く答える。しばらく沈黙が続いたが、衣玖の方から話を切り出した。

「…何でしょう、こんな最低な妖怪に…話なんて。」

「…妹のことです。」

やはり、と眉をしかめる。責められる、そう思いどうしても自虐的な言葉になってしまった。

「…そう、ですよね。…貴方の大切な妹を殺そうとした張本人、ですから…許せませんよね。」

「そうじゃありません。」

「いいのですよ…普通、許せないのが当たり前ですから。殺してください、いっそのこと…」

「ですからっ…」

「どうして、私なんかのような妖怪が今でも生きているのでしょうね…こんな…こんな私など…」

始めから、いなければ、生まれてこなければ良かったのに。

「…っ!!」

その一言が、静葉の琴線に触れた。我慢ができなくなった。

パァンッ!!

「っ…!?」

唐突に頬を強く叩かれる。大人しい彼女が人を殴ることなど、今までに一度も無かった。

ひりひりと痛むところを押さえる。熱を帯びていて、ほんのりと赤くなっていた。

「そうじゃないわよっ!少し…少し頭を冷やしなさいっ!そんな簡単に自分の存在を否定しないで!衣玖さんが居なくなって、喜ぶ人なんてここに居ると思うっ!?」

いつもの敬語口調では無くなる。すでに彼女の瞳には涙が溜まっていた。

それを鋭く睨み返す。冷たく尖ったその瞳で彼女を射抜いた。

「こんな妖怪が居て、のうのうと暮らしていて…恩人を忘れ、殺そうとしたクズですよ!?逆に問いますよ!誰が喜ぶというのですかっ!?」

「穣子は…穣子は貴方と出会って変わったわ!明るくて人のことを本当の意味で思いやれる子になった!」

「でも、私と出会って、あの子は変わってしまった…私が彼女を、汚れのない純粋な彼女を殺してしまったのには代わりありません!彼女は好きであんな性格になったわけではありません…私が…私のせいでっ…!」

目尻に涙が溜まり始める。互いの紅の瞳は澄んだ色で潤んでいた。

「…穣子、ね。ひねくれる前は明るかったけれどちょっと人見知りで…幼い印象が強かったのよ。けれど…私、今の穣子の方がずっと幸せそうだって思うわ。」

「そんなの…私は変わる前の穣子を知りません。ですが…望んだわけではないでしょう!?彼女が望んでああなったわけではありませんっ!私は彼女を殺した…大切な人を殺してしまった気持ち、貴方にはわかりますか!?」

「分かるわよ!私だって…穣子を殺そうとしちゃったもの…」

何を仰るのか、そう尋ねようとしてハッと気が付いた。

そう、彼女は穣子を励まそうとした結果、彼女の元々の信仰を奪うことになった。ある意味、止めを刺そうとしてしまったのだ。

返す言葉が見つからず、黙り込む。

「…せめて。せめて穣子の気持ちだけは受け止めてあげましょう?あの子が今、どう思っているか…それを否定するのが、一番今してはいけないこと。…自分を否定して、彼女の想いを拒む…また、逃げ出すつもりなの?」

「…っ…!」

それは昔、トラウマになって彼女の想いを否定してしまったこと。

立ち直るために事実を忘れて、自分の中で無かったことにしてしまう。

けれど、それはそのときの者の想いをすべて踏みにじること。どんな想いで自分を助け、どんな想いで自分を理解してくれたか。

そんな優しさも、すべて無に還してしまう、残酷な行為。

改めて、自分がまた逃げだそうとしてしまっていたことに気が付く。

「…私も。衣玖さんみたいに…穣子に申し訳がたたなくて…けれど、ちゃんとあの子の今想っていることに気が付いた。だから…また、一緒に居たいって、そう思ったの。」

「……」

顔を俯かせる。先ほどとはうってかわった弱々しい声で静葉に尋ねた。

「…穣子…私のこと、どう想っているでしょうか…」

「…どう、でしょうね。…けれど、ちゃんとヒントはあるわ。」

涙を拭って、はっきりとした声で伝える。

「最後の謎解き、してあげて。一つだけ、まだ謎を残したままでしょ?…紐解いたそのとき、あの子は絶対答えてくれるわ。」

「最後の謎解き…?」

「えぇ。『女の子の正体が分かったら、この蓮華草を届けてほしい』。それを、意味も含めて考えてあげて。大丈夫、貴方にはたくさんの仲間が居る。一人じゃ分からなくても、きっとヒントは教えてくれるから。」

伝えること、言いたいことをすべて言葉にしたのだろう。少し微笑んで見せて、部屋を静かに退出する。

残された衣玖は、しばらくの間部屋に入れられていた六本の蓮華草を見つめていた。

「…正体が分かったらって…穣子、ご本人なのに…ん?」

手元にこつん、と何かが触れる。いつの間に落としてしまったのだろうか、いつぞや早苗から受け取った紫紅色のビー玉だった。

その色は偶然にも蓮華草と全く同じ色だった。それを親指と人差し指でその中に蓮華草を映す。やはり傷一つ付いていない、綺麗な真円だった。

それを見つめて思い出す。自分のことを理解してくれる者が、確かに居ることを。

「……」

傷一つない、まん丸のガラス玉。

偶然にも同じ色の、そのガラス玉。

そっと、里の女の子のことを想像し、それから、自分を助けてくれた女の子と、そして穣子と照らし合わせる。

じわりと、胸に熱い想いがこみ上げてきた。それは先ほど自分が抱いていた嫌悪の心とは明らかに違う、何か暖かいものだった。

「…そう、ですね。…ありがとうございます…それに気付かせてくださった静葉さんも…」

自分を否定することはいくらでも出来る。その先に何があるかはともかくとして、いくらでもそれはする事が出来る。

けれど、一番してはいけないのは想いに背くこと。どれだけ自分で自分が憎くても、確かに自分に向けられた想いがそこにある。

受け入れにくい真実がある。しかし、その真実は人によって違う。

一つの事件が悲しいと思うのも一つの真実、逆に嬉しいと思うのも一つの真実。

捕らえ方と言ってしまえばそれまでだが、何かを受け入れて、前に進む。

それが、今出来る一番の償い。

「…よし。」

自分の手のひらで両方の頬を叩く。それは、彼女の想いに触れるための覚悟の印。

今度は逃げない。そう強く胸に刻み込み、身なりを整える。一つ深呼吸をして、扉を開いた。








どーしても入れたかったこの一言。入れたらシリアスぶっこわれるから入れなかったこの一言。

「殴った!天子にも打たれたことないのに!」

ちょっと展開早かったなって反省。でも静葉が衣玖さんはたくあそこ、犬的に名シーン。真面目に彼女が人をはたくのは似合わない、似合わないからこそ不思議とマッチする。うーむ…深いn((



コメ返。
<キバりん
ポケモン!こないだミュウツー貰ってきたわw

犬だって推理力無いよw他の推理もの読んだら犬ぜんっぜん気付かないもんw
でもなるほどってはなったか…よかったぁぁぁあああっ((
これで衣玖さん泣かない方がびっくりだわwごめんね衣玖さん、君いっつもこんなポジションで…
びっくりするぐらい辻褄あってたでしょw熱射病話が奇跡を生んだっていうの、コレb
最初ホントこんな話考えたこと無かったのに…あそこで女の子話やって、「あ、みのりんこの女の子いけるんじゃね?」って思ったら、まさかのこんな壮大な物語にw
犬だって推理小説は書けんよwなんか奇跡が起きてこんな話書けただけだしね。本当、早苗さんに感謝感謝。

そっか、よかったぁa((ry
今回犬爆笑しながら書いたところだから、何か読み直して神妙な気分。
どシリアスだと何でか書いてて笑いが止まらなくなる。…何でだろーね?
前回はあれだろ、けーねさんが出演したからだろww