長編小説『蓮華草の贈り物』 11

リレー小説Ⅳを倉庫の方で更新しました!
こちらから行くことができますよー。
http://wankoro.hatenablog.com/entry/2013/08/14/203618
なので、一応カテゴリーにみんな得を入れてます!

それから、今回は犬のお得意の抽象的な話が多いです。







静葉が戻ってくると、すぐに彼女の元に駆け寄ってきたのはルナサだった。昨日からずっと心配して泣いていたのだろう、瞼が赤くなっていた。

「衣玖さんはっ…衣玖さんは大丈夫なのっ…!?」

「…えぇ。少し時間はかかるでしょうけれど…でもきっと、立ち直ってくれます。」

それを聞いて、その場に居た皆は胸をなで下ろす。人事のように考える者はこの場に誰一人として居なかった。

この場に全員が居るわけではない。しかし、アリスの家に集まる者はほとんど揃っていた。

「でも穣子…なぜ、直接言葉で伝えないのですか?あんな遠回しなことをして…」

首を傾げる妖夢。穣子はしばらく考えて、パルスィの方を向いて尋ねた。

「…例えばパルスィ。もしも君は…寅ちゃんと出会ってすぐのころ、彼女に好きって言われて信じることが出来た?」

「えっ…いや…今でも、なかなか信じられないわよ。そんな…自分だけが都合のいいような解釈してるんじゃないかとか、本当はそんなこと思ってないんじゃないかとか…」

穣子の思っていた通りの回答なのだろう。口端をにやりとつり上げて次に妖夢に、いや、皆に対して話し始めた。

「…そういうことだよ。想いを言葉にして伝えろなんてよく言うけれど、それは言葉でしかないの。自分がいくら想いを込めたところで、それは受け取った人が恣意的に歪めてしまう。だから、自分のどうしても伝えたい想いは歪められない形で伝えるの。それがたとえ、どれだけ遠回りなやり方でもね。」

謎解きという形で衣玖に伝える自分の想い。

言葉で伝えられない。受け取ってもらえない。それなら、気付かせてやればいい。

言葉という曖昧なものではなく、変化しないたった一つの『回答』に。

その回答に込められた真実は歪められるだろう。しかし、回答という名の事実は何があっても変わらない。

それで、いい。想いを事実として伝えること。それが相手がどう受け取るかはまた別問題。

ただ、自分の想いを伝える、それだけでいいのだ。

「…皆、普通に振る舞ってよ。なんか思ったより大事になってて結構居心地悪いんだよね…」

「だって、あんなことがあったら…ねぇ。」

昨日の光景を鮮明に思い出す。あれを目の当たりにして心配するなという方が無理なことだ。

分かってはいるけれど、どうしてもくすぐったい。

「そうだ、みのりん。外で役者さんが揃ってるわよ?お話していったら?」

そう言って、早苗はドアの方を指さす。家の中からでは分からないが、早苗の言葉で誰がいるかはすぐに分かった。

こくりと首を縦に振り、外にでようとして振り向く。

「皆、お願いだからフッツーに振る舞ってね?」

「ま、ある意味今日はこれが普通の形になると思うけれど。」

苦笑しながらアリスは窓の外を指す。先ほどよりも降り出した雪が、容赦なく大地を白銀に染めあげていた。

「…家の中に居るしかないでしょ?」

「…まぁ、そうだね。」

思わず穣子も苦笑する。今だけ自然のタイミングの悪さを呪った。

それじゃ、行ってくるの一言。中の皆はそれに対して手を振る。それからは中でそれぞれに散らばって適当に時間を潰すことにした。




「真実を伝えたらしいじゃない。」

外に出ると、レティ、藍、さとりの三人が出迎える。さとりは流石に少し寒そうにしていた。

「伝えたんじゃないよ。衣玖さんや早苗がたどり着いただけ。」

「そうだな…」

この三人にはすでに自分たちの過去を明かしている。明かした上で衣玖から真実を遠ざけるために協力をしてもらっていた。

彼女の話を聞いて、レティはすぐに話に乗ったが、さとりはどちらかと言えば反対だった。藍はただ誰かを騙すことにしか興味が無かったようだが…

「ごめんね、結果的に皆の頑張りを無駄にしちゃって。」

「気にするな。互いの知恵比べ…私は楽しかったぞ。」

着眼点が違うなぁと思わず呆れる。それが藍らしいと言えば藍らしいのだが。

「…私としては。寧ろ、このような形になって良かったと思っています。」

「そうだね…さとりさん、始めから反対してたもんね。」

辛いことだとは分かっていても、やはり伝えたい。自分なら理解してもらいたいと思う。さとりの意見はこうだった。

確かに相手にとっては受け入れ難いことだ。けれども、それにずっと嘘を付き続けていては、自分もその事実を覆い隠してしまう。

結局それは…想いから、事実から逃げることになってしまうから。

「ところであんた、これからどうするの?向こうから顔を合わせに来てもらうしかないでしょ?」

「んー…そうだね。アリスんとこにはいられないし、この雪だから…ちょっと蓮華草見てくるよ。折角咲いているんだったら枯らしたく無いしね。」

そう、とレティの短い声。にっこりと笑って、それを見送る。

彼女の姿が小さくなると、次に藍がこの場から離れる。向かった先は八雲家だろう。飛ぶと同時にたくさんの雪が舞い上がり、その粉が二人に降り懸かった。

それをじっと見つめ、やがてさとりが口を開く。

「…レティ。あなたは…どちらかと言えば、元々反対派だったのではありませんか?」

「ん、どうしてそう思うの?」

肩につもった雪を払う。じっとサードアイを彼女の方向に向けて、目を細めて言った。

「…嘘の付き方があなたらしくありませんでした。あなたの場合、もっと上手い嘘を考えると思うのです。例えば…あのベニヤ板を氷で開けなくしてしまう、とか。」

「んー…そうね。」

じっと空を見つめて、数歩前を歩む。さとりに背を向けたまま、彼女の話は始まった。

「…あんたは穣子が、本当はどういう想いをしていたか分かるかしら。」

「分かりますよ。衣玖さんには事実を伝えたくない、傷つけたくない、その気持ちでいっぱいでした。」

「そう…けれど、私には…あれは、気が付いて欲しいように見えたわ。自分がそれに対してどう思っているかの事実も含めて、ね。」

「それもあるかもしれませんが…やはり、私の言った気持ちの方が強かったですよ。」

私には、この第三の眼がありますから。そう言ってその瞳を優しく撫でる。

あぁ、そうだったわねとレティは思わず苦笑する。少しだけ考えて、やがて語り始めた。

「…その瞳は確かに、真実を映す瞳だわ。けれど、私たちにはそんなものは無い。相手の心に介入する隙間なんてどこにもないのよ。だから、彼女のことを見てああだこうだと言うことはできるけれど、それはただの利己的な傲慢な考え方でしかない。恣意的に歪められた真実を、果たして真実と呼べる?」

反応せず、瞳を閉じる。自分が全く経験したことが無い世界。

一つだけため息を付いて振り返る。胸にそっと手を添えて、

「だからね。あんたがそう感じたのならそう思っていいわ。それがあんたがたどり着いた真実なら、私は何も口出ししない。不変な真実なんて、この世にはありはしない。あんたのその瞳で覗いた感情、想い…結局それを信じるか信じないかはあんただもの。」

「…言っていることがよく…」

困惑した表情を浮かべる。要するに、受け取った通りに考えりゃいいのよと、軽い口調で言うと再び背を向け、森の中へ歩いていこうとした。

「どちらへ?」

「最後のお手伝い、かしらね。」

袖やマフラーをひらひらと風に靡かせ、冷たい雪が降る中を進んでいく。しばらくじっと見つめていたが、やがて何かに納得した様子でさとりもまた帰路についた。




階段を駆け降りてくる音が聞こえてくる。すぐにそれが誰かということかは分かった。

「すみませんっ…迷惑をおかけしました!」

かなり急いで降りたのだろう。短距離のはずなのに、息を切らしている。

一礼をして謝罪の言葉。クスッと笑って、早苗が近づいていく。

大きく背中を叩き、満面の笑顔で、

「ばーか、遅いわよ。」

非難の言葉ではなく、むしろ祝辞に近い。一瞬あっけにとられたが、すぐに明るい表情で頷いた。

「それで…早苗さん、静葉さん、幽香さん。お尋ねしたいことがあるのですがよろしいでしょうか。」

呼ばれた三人は勿論と返事をする。聞きたいことの内容はすでに把握していた。

けれど、穣子に普通を振る舞えと言われていたので、それを自分から言い出したりはしない。いや、言われていなくてもそのような野暮なことはしないだろう。

「では幽香さんから…花言葉について教えてくださいませんか?やはり、隠されている意味として妥当なものかと思いまして。」

「そうね…花言葉っていうのは、象徴的な意味を持たせるため植物に与えた言葉なの。神話や昔話から引用されたりね。外の世界でも昔には、男性が女性の想いを伝えるときに花を送っていたという説もあるわ。それに答えて女性が男性に花言葉で想いを返事してね。」

つまり、自分の想いを花言葉で伝えてきたというのが正しいだろう。しかし、それでは『届ける』という一言が当てはまらない。

とすれば…

「では…蓮華草の花言葉は?」

「そうね…有名なものはこの三つかしらね。」

指を立てながら、一つ一つ話す。

「『あなたは幸せ』、『あなたは私の苦痛を和らげる』、『私の幸せ』。何となくストーリー性があるのよね、これ。偶然なのでしょうけれど。」

確かに、とその意見に同意する。

花言葉が三つで、渡された蓮華草が六本。恐らく、三本を届け、残りの三本を…

「…次に静葉さん。蓮華草と秋って何か関連がありますか?」

蓮華草は春の花だ。秋の神である穣子が春の花を好きになるには、何か意味があると思った。

花言葉だけで考えるのなら、秋の花でも十分に伝えられる。でも、あえて彼女は春の花を選んだ。それに何か意味があるのではと推測した。

「んー…秋と関連っていうか、ある意味あのお花は豊穣と密接な関係があるんです。蓮華草を水田で稲を植える前に育て、その養分でお米が実る。秋とではなく、豊穣の方と関連していると言った方が正しいですね。」

「あーそうそう。それで、最近外の世界ではそんなことする家もめっきり減ってねぇ。橙が見つけたあそこに季節はずれでもいっぱい生える始末と。」

「うにゃ?」

呼ばれたと勘違いした橙が思わず反応する。気にしないでと手を横に振った。

あれはただ環境の条件が良かっただけなのだろうが。けれど、衣玖は思わず早苗のその言葉に引っかかる部分があった。

外の世界で減ってきている。それはつまり、忘れ去られつつある花。それが、思わず穣子の姿と重なった。

忘れ去られそうになった自分が居る。完全に誰からの記憶にも残らない、そうなろうとした自分が居る。そんな彼女の姿と蓮華草がよく似ている。

「……ありがとうございます。では最後に早苗さん…」

じっと黄色の瞳を見つめ、そして、

「…彼女のところへ連れていってくれませんか?」

彼女が居る場所、待っている場所は何となく分かった。しかし、自分はその場所がどこか知らない。

「…橙に聞かないのね。」

「えぇ、早苗さんにどうしても…」

彼女が一番、穣子の近くで彼女を支えてきた。

早苗と穣子とは深い絆で結ばれている。だからこそ、早苗に頼んだ。

橙もその意味が分かったらしく、口出しはしない。

「…分かったわ。ついてきて。」

にぃっと笑って、玄関の扉を開ける。そこには一面の銀世界と、激しく降り続ける雪の世界。

それに構わず、二人は家を出た。




「…上手くいくといいわね。」

ぽつり、アリスが呟く。

「…ルナサ。あなた…辛い立場よね。一番始めに彼女を助けた、一番始めに彼女の心の支えになれたって思ったのに…」

それより先に、穣子に衣玖は助けられていた。

自分は一番ではなく、二番だった。

けれど、ルナサはそんな風には全く考えていない。

「…衣玖さんが変わるきっかけに、自分はなれたから…それだけでいいの。衣玖さんに救われて…自分も、衣玖さんを助けたい、そう思って…それで、少しずつ変わる手助けができた。それは絶対に、無意味じゃないから…」

「…そうね。」

順番なんて関係ない。ただ、自分は彼女の手助けができたらそれでいい。

激しくそれは無意味で不必要。だから自分は、大好きな者の背中をそっと押し続ける。

そんなルナサの純粋な想いに、思わず目頭が熱くなった。









橙の出番これにて終了。
今回のテーマが色々飛び交う4日目。
さあっ、明日はいよいよ最終話っ!長かったこの話もついに終焉のときがっ!
でも楽しみにしない方がいいよ!



コメ返。
<キバりん
そうだよ静葉ちゃんすっごいお姉さんだよ!ものすごくあの人は意思がしっかりしてて、弱いようでものすごく強い人なんだよ!
あら、調べちゃったかwこっちの調べたのと一緒かしらねー。蓮華草見たときに電波走って『キタコレッ!!』ってなったのはいい思い出w
えへへ狙ったb衣玖さん頑張るよ!

あぁ、最後のあれでしょwwwもうどーしても入れたくってさーwwwガマンしたけどものすっごくその一文入れたかったwww