長編小説『蓮華草の贈り物』 12

遂に長かったこの話もラストですっ!そして一番長いっ!!







「…前に聞いたんだけれど。」

豪雪の中、二人はゆっくりと魔法の森を歩いていく。

気温は不思議と思っているよりは寒くはなく、熱を奪うものは体に襲ってくる雪だけで。

そんな中、平然とした顔で早苗は衣玖にぽつりと話をする。

みのりんね。こっちが外の世界の蓮華草の話をしてから余計好きになったの。」

「…それは、外の世界で忘れ去られつつあるということ、ですか?」

「えぇ…」

風が強く吹きつける中、雪を踏みしめる音が聞こえる。音のないようである世界。それが、今の魔法の森だった。

「自分と似ているって想いのほかに、自分の大好きなものを忘れたくない、そんな想いがあるのでしょうね、きっと。自分と似ている、だからこそ、自分のようにはなってほしくない。…そう思わない?」

「…そうですね。」

ぎゅっと、手に持っている蓮華草を握りしめる。決して傷つけないように、優しく枯らさないように。

「ところで。もうその答えは出たわけ?」

「はい。…都合のいい解釈でしかないのかもしれませんが…」

「…都合の悪い解釈ってあるのかしらね。」

少し驚いた様子で早苗の方を見る。彼女は前を見つめたままだった。

「例えば、よ。好きって伝えられて、本当は嘘だとかっていうのも…それは自分にとって都合のいい解釈でしょ?自分が相手と距離をおくための、自分への都合のいい解釈。相手を拒絶するための解釈、それはつまり、自分を傷つけないための勝手な解釈。…そんなもんよ。」

「…そう、ですね…」

けれど。逆説の言葉を呟く。

「都合の良くない解釈。相手がどう想っているか、それを考えて、一番にした解釈というのはどうでしょう。自分はこうだだからこうでという、そんなものを一切取り除いた解釈。なかなかできませんが、相手の気持ちを尊重し、きっとこうだと間違うことなく自分に受け入れる。…もっとも、難しいという問題ではありませんがね。」

少し前の彼女にはとても似合わない言葉。それでこそ、早苗がもっとも彼女に望んだことである。

相手のことをなによりも想っての解釈。そのとても難しい偉業を成すためにはどうしても必要なことがある。

「…そうね。安っぽい言葉になっちゃうけれど、互いに信頼し合って、心から相手を理解しないと難しいわね。それと…自分に向けられた想い、真実から逃げない強さとね。」

「…そうですね。」

ぴたり、と急に足を止める。何事かと思い早苗の方を見る。

自分が案内できるのはここまで。ここからは、あんた一人で行ってきなさい。そんな想いを込めて、そっと衣玖の背中を押す。

その先には、雪が降っているにも関わらずこことは少し違う色の世界があった。

「えぇ、では…行ってきます。」

ゆっくりと歩を進めていく。その姿を早苗はその場から動くことなく、じっと見つめていた。

その表情は、どこか嬉しそうだった。





森の少し開けたところ。しかし、そこには先ほどとは別世界だった。

あれほど強く降っていた雪はひらひらと舞うだけで、森の中よりもずっと暖かい。蓮華草には雪がかかっていたが、積もってはいない。元々の色と合い重なって、淡いピンクに近いような色合いを醸し出していた。

「やぁ、早かったじゃんか。」

小さな蓮華草の花畑の中、その中でぽつんと座っていた穣子が衣玖に気が付く。立ち上がると、スカートにくっついていた雪がひらひらと舞い散った。

ただいつもと違うところが一つ。気まぐれなのか、何か意味があるのか、彼女は帽子を被っていなかった。今はそれは彼女の腕の中に大事そうに包まれている。

その彼女の姿を見て、はっきりと思い出す。

「…やはり、あなただったのですね。」

「…思い出した?そうだよ。あのときあたしは帽子被ってなかったから。」

彼女が昔助けてくれた女の子だということを知り、帽子を脱ぐことによって過去の姿と全く同じになって初めて思い出す。これだけ近くにいたのに、今まで気が付かなかった、思い出せなかったのが不思議なくらいだった。

「すみません。思い出すのに、これほどまで長い時間がかかってしまって。」

「長いとは思わなかったけれどね。助けてから12年、衣玖さんともう一度出会ってから大体2年か。」

妖怪や神の感覚からすれば、二年という月日は対して長くない。しかし、昔助けたことをこんなにも近い距離に居ながら一度も口に出さず、『初対面』を演じ続けてきた。

何も触れないで、かつ親しい関係を築いて2年も真実を隠し続けるのは至難の業。

そしてそれは、一体どれほど歯がゆかったものだろうか。とても想像がつかなかった。

「…辛く、なかったのですか?」

「別に。それよりも、真実がバレて衣玖さんが自己嫌悪に陥る方が怖かったもん。」

目に見えていましたか、と苦心の表情。本当にこの幼い神様は何から何まで敵わない。

力の差も歴然としていて、生きている年も全然違う。それなのに、この小さな神様に勝ったものはない。必ず、彼女の方が上を行くのだ。

「…さてと。そろそろ本題に入らせてもらおっかな。」

改まって衣玖の方を見る。紅の瞳の中に、期待の光を散りばめて。

「えぇ…では。これが私のたどり着いた答えです。」

じっと紅の瞳を見て、一つ深呼吸をし、自分に言い聞かせる。

自分の想っていることに、間違いはないと。

「穣子、いえ、12年前、私を助けてくださった貴方に。」

持っている蓮華草の中から、三本を穣子に差し出す。その花は以前として摘んだときの状態を保っていた。

「…貴方はずっと今も、別の姿で幸せに暮らしています。そんな貴方の存在が私の中でずっと苦しかった…けれど…貴方があのとき助けてくださったから、今はそのお陰で私は今までの辛かったことがすべて和らぎました。…そんな私は、今、とても幸せです。」

届ける。それは、三本の蓮華草に、三つの花言葉を添えて送ること。

三つの花言葉を込めた今の自分の想いを、あのとき助けてくれた少女のことを想って届ける。しばらく見つめた後、それを受け取った。

「…もう、代弁しかできないけれど…あのときのあたしなら、きっとこういうかな?」

深呼吸して、満面の笑顔で答える。声のトーンをあえて幼くして。

「…こちらこそ…ありがとう。衣玖さんのお陰で人間の里は守られてる。どれだけ非難を浴びても、どれだけ傷つけられても、それでも伝えに来てくれる、助けてくれようとする衣玖さんにどうしても伝えたかったの。…伝わったかな?」

疑問系の返答。その意味も、勿論分かる。

「えぇ、伝わりましたよ。それは貴方からの蓮華草…この三本は、貴方から私宛だったのですね。」

こくんと力一杯頷く。

「貴方は幸せです。だって、今はたくさんの仲間が一緒。一緒に笑いあえる、それで辛いことも乗り越えられる…そんな貴方が今ここにあって、それが私の幸せです。…貴方の想い、しっかりと受け取りました。」

よかったと、もう一度満面の笑みを衣玖に向ける。そのすぐに顔を隠しながら帽子を被る。昔の自分を演じるのが恥ずかしかったのだろう。

「…謎解き満点回答だよ。良かった、ちゃんと伝わって。」

「正直、かなり不安でした。自分に都合のいいような解釈でしかないと思ったので…」

けれど、静葉さんが大切なことを教えてくださいました。だから、私もこのような回答ができたのです。その一言に、そっかと短く答えた。

「…私。」

「ん?」

「…外の世界の水田では、蓮華草はほとんど植えられなくなったと聞きました。今では田圃一面に広がる美しい紫紅色の世界が見られるのはごく少数だと。」

「…うん。そうだよ。」

笑みを浮かべる。が、どこか悲しそうな表情をする。

自分の大好きな花が忘れられる。忘れられていく姿が、どこか自分と似ていて。

「…ですから。」

胸に手を当てて、強い言葉で、けれども優しい言葉で。

「私、今度こそ絶対に貴方のことを忘れたりしません。今の私も昔と相変わらずに弱いですが…しかし、もう想いに背くようなことはしたくありませんから。たとえ周りの誰もが貴方のことを忘れてしまったとしても、もし貴方が消えるようなことになってしまったとしても、貴方を絶対に私の記憶の中から消したりはしません。…貴方がその蓮華草が愛おしいのと同じで、私も…貴方のことが何よりも大切ですから。」

彼女が思ってもみなかった言葉。裏背景まで読みとってくるとは思ってもいなかった。

自分がどうしてその花が好きになったか。誰かに聞いたのだろうけれど、そこまで自分を理解してくれての小さな花束だとは思わなくて。

「…あたしね。」

返ってきた言葉は的外れ。だが、先ほどの言葉に感化され、どうしても伝えたくなったのだろう。

「衣玖さんを助けたから自分が死にそうになった。助けなかったら良かった。不思議だよね…そんな風に考えたこと、今までで一度も無かったの。」

「穣子…」

「あたしは昔の自分より今の自分の方が好き。どんなのだったか忘れちゃったってのもあるけどね。でも、昔の生活はちゃんと覚えてる。確かにお姉ちゃんとの二人暮らしは楽しかったよ。けれど、それはそれ。…今は、衣玖さんと、皆とこうやって一緒に居る方が楽しい。そして…そんなきっかけをくれたのは間違いなく衣玖さん。だからかな…今まで一回も恨んだこと無いの。」

早苗は穣子があのとき純粋な心だったから、衣玖のせいで死にかけたというのが分からなかったと言っていた。

それなら、今思い出して、それを理解した彼女にとって、私は一体どのように映っていたのだろう。怖い?憎い?恨めしい?

それが一瞬に恐怖となってあのときは襲ってきて、自分で自分をどうにかしてしまいそうだった。

ここに来る前に早苗と話していた都合のいい解釈の話。これだってそれと同じだ。

穣子が本当はこう思っているのでは。それに触れるのが怖くて、自らで固めてしまったいわば妄想。

自分が悪い、そう思いこんでいざそのような想いが向けられたときに、できるだけ自分が傷つかないようにするための防衛本能。

そうして、今まで自分は逃げてきた。

「…穣子は…都合のいい解釈というものをしたことがありますか?相手はきっとこうだと思っていることを自分の中で作り上げてしまう…そのようなことを。」

女の子の想いから背き、誰の手も借りないと人から逃げ、好きな者を殺そうとした事実から目を逸らそうとした。

そんな弱い自分に対して、穣子はいつも支える側だった。

だから。

「勿論だよ。」

その言葉が何よりも意外だった。

「お姉ちゃんにずっと嫌われてるって思って、忘れられたって思ってあたしも逃げ出してた。早苗と初めて出会ったときだって、彼女に助けてもらわないで自分で死のうって考えてた。誰にも好かれないからって、自分の心に壁を作って…あたし、嘘をつきすぎたから。時々、自分の本音ってものが分からなくなる。偽りすぎちゃったから。」

だから、あたしと比べたら衣玖さんなんてまだまだマシなものだよ。それを伝えたときの彼女の気持ちはよく分からなかった。

複雑に絡み合ったその心…きっと、あえて無理に言葉にするのなら、『虚無』という単語が一番まだしっくりくるだろうか。

「…怖がることなんて、何も無かったのにね。」

ぽろりと、一つの滴が滴り落ちる。

それは微かな日の光を一様に通して美しく輝く。

それはどこかで見たことある、偶然のような必然。

「…あれ、何でだろ…止まらないや…」

自分でも分からないのか、必死にその涙を拭う。

一度心を閉ざし、いくつかの感情が抜けてしまったから。

あのときと同じ涙。あのときは、姉の想いを受け取るのに、自分の想いを受け取るのに必死だったから気がつかなかっただけで。

「悲しいときに流すだけではありませんよ、それは。嬉しいときにも流すものなのです。」

「そう…なんだ。…あたし…今、どう思ってるのか、よく分かんない…嬉しいのかな…」

衣玖は今彼女の抱いている気持ちがどういうものなのか、今になってよく分かる。

強がって、逃げて、怖がって…都合のいい解釈に囚われて。

悲しい、箱に閉じこめた自分の心。

その感情は、その今、穣子が抱いているその想いは。

そんな冷たい箱をこじ開けて、そっと手をさしのべてくれる。

そんなものに出会ったときの表情だ。

「…私も。その気持ち…貴方と同じ気持ちですよ…」

気がつけば、もう一つの紅の瞳からも一筋の涙。

強がるあまりにひねくれてしまったその心も。

逃げ回るあまりに荒んでしまったその心も。

必ず、どこかに伝えたい想いがある。

箱の隅っこに、絶対に変わらない想いがある。

それを今、貴方に伝えたい。



「…穣子。受け取ってほしいものがあります。」

「…あたしも。花束にしちゃ、ちょっと小さいけれどね。」


二人で蓮華草の花をつみ取る。汚れのない、紫紅色の宝石を。


「そうですね…せっかくです。花束よりもいいものを作ってあげますよ。」

「…まさか。よし分かった、あたしも作ってあげる。」


紅の瞳はまだ少し潤んでいて。


「え、わ、私にもですかっ!?」

「もっちろん!…それに、実際にあったしね。」


たくさんつみ取り、一つ一つ繋げていく。


「…昔もこうやって作ってたらしいんだけどね、外の世界で。」

「ではなおさらですね。こんなことすれば、絶対忘れませんよ。」


三本じゃあ、とても伝えきれないから。


「…よし。できました!」

「こっちも…それじゃ、衣玖さん帽子脱いでっ!」


それぞれの頭に、そっとその想いの籠もった宝石の花を咲かせてやって。


「…よくお似合いで。」

「衣玖さんも可愛いよ。まぁ…本音を言うと、髪の色と似ていて目立たないけれどね。」

「そ、それは言わないでくださいよ!」


くすくすと、幼い笑みを浮かべる。

いたずらなその笑みは、静葉の言う昔の穣子にはとても似合わないのだろう。

けれど、今はやはり、こちらの穣子のほうがよく似合う。


「…想い、届きましたか?」

「こっちのセリフだよ。今度は逃げたりしないよね?」

「当たり前です。もう逃げない、そう言ったでしょう?」

「ふふっ…そうだったね。」


互いに見つめあって、笑顔で伝え合う。


自分たちの想いを、この蓮華草に込めて。


雪の止んだ、晴れ渡った空の下。


暖かな小さな花畑で。


特別な、蓮華草の贈り物を…







貴方は今、新たな居場所でとても幸せに暮らしています。

そんな貴方が、私の荒んだ心に光をくれました。ずっと側で、静かに見守ってくださいました。

貴方の想いに触れるのが怖くて。けれど、ちゃんと伝えたい、この気持ち。



君は今、皆と出会ってとても幸せ。

ひねくれたあたしの心の中にある、確かな想いを君はいつも守ってくれた。

分からなくなって、どうでもよくなって。けれど、ちゃんと分かる、確かな気持ち。




私は、あたしは、


貴方と、君と出会ったこと。


それが何よりもの、


私の幸せー…












「ふふっ、上手くいって何よりだわ。」

「…やっぱり居たわね。えらく面倒見いいじゃないの。」

「仲間の頼みごとは最後まで聞かないとねぇ…もっとも、私が勝手にそう解釈しただけだけれど、ね。」

「…これは、都合のいい解釈なのかしらね。それとも…」

「そうねぇ、これはこうじゃないかしら?」


相手の想いをねじ曲げる都合のいい解釈でもなくて。


自分が怖くなる都合の悪い解釈でもなくて。


お互いに、笑顔を分かち合うことができる、



―一つの『共感できる』解釈として…―







残念な挿絵入りましたー!
あれカラー筆ペンで描いたものです。何ていうか、始めて使ったので盛大に失敗しましたーw特に衣玖さん。お目汚しサーセン!とりあえずpixivにも乗っけてくるか。重くてオチなかったらね。

何はともあれ、お疲れ様でしたっ!!明日から3日くらい後書きやりまーす(長くなりました)。
しっかしラスト、若干消化不良なのでは。

何はともあれ感想くださi((




コメ返。
キバりん
一緒だった?よかったぁー!
そうだよ、ルナサん超いい子だもん!あの子の健気さは異常だからな。犬も見習わなくちゃ。何であんなにいい子なんだろうねあの子は。

ていうかやっぱ。このラストは期待にそぐえてない気がする…