ほんのり小話 42

今回はしずみの(いく)で。衣玖さんの出番?オマケのようなもんだよ。
あと姉妹喧嘩話より後のお話。




私は好きな人の前から何度も逃げ出しました。

私は好きな人に何度も助けられました。

…そんな私の心が、清らかなはずなんてありませんから。

私は…人を好く資格というものがないのです。




「…っていうのを聞いたんだけどね。」

と、くすくす笑いながら話す穣子。対してその話を聞いているのは親友の早苗ではなく、珍しくこちらにやってきた静葉だった。

珍しく、といっても、紅葉は穣子と仲直りをしてからそこそこの頻度で遊びに来ていた。そこにはもう拒む妹の姿はどこにもなく、こうして二人仲良くおしゃべりをしている。

「笑っちゃうよね、これには。」

好きな人というのは彼女からしたら穣子のことを指しているのだろうが、多分彼女はそれがルナサだと勘違いしている。指摘したところでなんともならないだろうから、黙って静葉はその言葉に首を縦に振った。

「だったら、私達はどうなるのよって話よね。」

「ホントホント。あたし見て心清らかって言えると思う?絶対ムリなのにね。」

まさに灯台下暗しだね、と相変わらずの笑顔。内心はとても清らかな心を持っているかもしれないが、全体を指して清らかとはとても言いがたい。

それは静葉も思った。それから、自分もそうだと。

「…ね。お姉ちゃんはどう思う?」

「それは…心が本当に清らかな人が居るかどうか、ね?」

振舞ってもらった紅茶を一口口に含み、少し考えてから小さな咀嚼音。

「…居るわけ無いじゃない。居たとしても、嫌われるだけよ。」

「わぁいクリアさん嫌われるだけだ。」

「実際は?」

「嫌い。」

嫌いというより苦手が正しいのだろうけれど、会話の流れからあえて嫌いという言葉を使う。ただ、それがあまりにも即答だったので思わず苦笑いを漏らした。

「心が清らか過ぎると付き合いにくいわよね。」

「意外。同意してくれるんだ。」

「するわ。人…ううん、誰でも、心は少し穢れているもの。全くの清らかな人は居ないし、居たとしてもあまりの清らかさに人は近づけない。だから一人孤立する。そこに本当の意味で心が穢れている人が来てみなさい?いいように利用されるだけだわ。」

少し姉の口からそんな言葉が出てきたのが意外だった。けれど、自分と全く同じ考えで、だよねと短い肯定的な言葉を返した。

「…思ったんだけどさ。人生そんなもんだよね。生まれたときは本当に心は綺麗なんだけど、周りと段々同調して同じように穢れていく。…根本までとは流石に言わないけれど、普通の人と同じような心になる。けど、それは人や妖怪、各々の生命に本当の意味で近づくこと。…そう思わない?」

穢れて初めて道徳を学ぶという、ひねくれた考え方かもしれないけれど、と笑って穣子は言う。

そしたら、私もかなりひねくれ者かもしれないわね、と静葉も笑って答えた。

けれど、それでいいじゃない。

清らかすぎるのは同調しないこと。同時に相手を分かろうとしないこと。

だったら、少しくらい穢れていた方がよっぽど生き物らしい。そう思って、窓から外を見上げる。

その空は少し雲のかかった、けれどその上には広い青空が広がっていた。








という、犬の考え。
因みに穣子が聞いたと言うのは、たまたま聞こえただけで、真正面で言われたわけじゃないので(^-^;