あっ、19日近いっ、九十九の日だからみのやつ書きたいっ(べべーんは?)
「秋符『オータムスカイ』。」
比較的避けやすい弾幕。辺りにまき散らし、出方を伺う。一つさえ彼女を掠めることはないだろう。
衣玖の武器は大剣のような槍だと思えばいい。一つ一つの攻撃にスキができやすいが、その一撃の威力は大きく、リーチも長い。対する穣子の武器はは物理攻撃にはとても向かないが、杖にしては太く、堅くできているので牽制には扱いやすい。杖というよりは、スタッフと言った方が正しいだろう。
互いに遠距離からの攻撃も持っているが、衣玖はあまり遠距離からの攻撃を得意としない。雷を落とす攻撃は狙いが外れやすく、正確に相手を捉えることは難しい。それよりも、相手を無理に動かすときに使用してくると考えた方がいいだろう。
それに、穣子に対して雷は意味をなさず、むしろ
「雲海『玄雲海の雷庭』!」
塩を送ることになる。
広範囲にいくつもの雷の筋が走った。張った弾幕が全てうち消され、穣子にも雷がいくつも命中する。が、当の彼女はにやり、と不敵に笑い、
「お返し!秋符『秋の空と乙女の心』!」
いつもよりも高密度で反則レベルの玉をお見舞いした。
紅い月のせいだけでない。雷は彼女にとっては力となる。豊穣と雷には密接な関係があり、米は雷を受けて実るものだと古来から考えられてきた。
稲妻。豊穣のための雷。彼女にとって雷はむしろ力を分け与えてくれるものであったのだ。
「雷はあたしには効かない…力は遙かに君に劣るけど、君にも不利なところはある。遅れは取らないはずだよ!」
「……」
静かに剣を構え、目を閉じる。
「…いつも、私が遅れを取っていました。」
「…?」
先ほどまでの、荒々しい声ではない。静かに、しかし熱を帯びた声に、思わず穣子も聞き入ってしまう。
「いつもそうでした。私は何度も穣子に助けられました。力量では私の方が上なのに、貴方は何度も何度も…」
気づくと、一瞬にして反則弾幕は消えていた。それどころか、彼女の存在は瞬間移動してきたかのように目の前にあって、
「ーーそれが、嫌だった!!」
いつの間にか、空中に身が放り投げられていた。
「がッーー!!」
わき腹に強い痛み。突きではなく、薙ぎによる攻撃だった。宙に浮き、体勢を立て直すより先に衣玖が追撃のためにそれよりも高く跳び、上から得物を振り降ろした。
「ぐーー」
何とか杖でその攻撃を受け止める。だが、今穣子を支えるものは何もない。その力を受けて、大きく大地に向かって体が落ち始めた。
衝突音。聞こえるはずのそれはとても小さな音だった。
とっさに地面から植物の蔦を生やし、それを網のようにしてその上に自分の体が落ちるようにして衝突を免れていた。恐らく宙に放り出されたことに気がついたと同時に、そのまま地面にたたき落とされることを予想していたのだろう。
「私には力が無かった!私は無力なままだった!ずっとずっと、穣子に遅れをとって…気づけば私は、貴方に守られてばかりで!」
そのまま、空気を蹴る。天からの一撃を横に転がり、その攻撃を回避し、わずかな段差から体のバネを利用して立ち上がった。
「貴方もそうでしょう…?私が弱いから、貴方は守るのでしょう?私が貴方よりも弱いから、貴方は!」
「!それは違う!」
再び突き。それを杖で受け止め、連撃に入ったそれを全て盾のようにして防ぐ。一撃一撃が重く、その度に踵付近の土が盛り上がった。
「…しかし、今の私は違います。今の私には力があります。貴方に、これで…私が強いと証明できる!もう守るべき存在でないと証明できる!」
バチッと、剣に雷が帯びる音がする。いよいよ妖力が暴走を始めたのだろう、逃げ場の無い妖力が雷と具現化する。
穣子の方には特には変化が無い。元々専門の力ではないせいか、力が漏れている様子は無い。
「貴方さえ居なければ…貴方さえ居なければ、私は私であれたのに!貴方が居るから!貴方のせいで!」
「……」
魔性の月の更なる効果。内に秘める負の感情を、どんなに小さなものでも大きなものへと変えてしまう。自分が知らずの内に抱いていた感情の暴虐。己の身を殺し、他者を襲い、全てを食らう獣へと変化させる。
戸惑っていたが、穣子も月に狂わされたのか。酷く冷静に、彼女に尋ねた。
「それじゃあ君は、あたしが居なかった方が良かったって思うんだ。君は、あたしと端から会わなかったら、出会わなかったら良かったって思うんだ。」
「……」
返ってくる返答は無い。ただ、狂気に満ちた紅の瞳がギラリと穣子を睨んだ。
その瞳を見て、穣子はぽつりと一言。
「そっか。ーーそれは、残念だ。」
刹那、空中からいくつもの雨のようなものが降り注ぐ。小さな星のように、無数もの雨が衣玖に襲いかかった。
剣を盾のようにして防ぐ。あまり大きな威力は無かった。
「やっと妖力の使い方が分かってきたよ。あたしには自分の中に妖力があるのかは分からない。分からないものは扱えない。」
だったら、外にあるものを使えばいい。
杖を振ると、空気中の妖力が一気に凝縮し、紅の氷柱を作る。杖をくるくると回し、地面に向かって振り降ろす。それが合図となり、第二の雨が再び降り注いだ。
「く、羽衣『羽衣は空の如く』!」
これは受け止めてしまえば下手をすれば武器が武器でなくなる。無条件に攻撃を避けるスペルカードで、血の塊のようなそれを全て回避した。
明らかに穣子の能力とは関係の無い技に少し戸惑いを覚える。穣子は妖力の性質を理解し、『現象』として発生させる術を身につけた。彼女もまた、無意識のうちに戦いを強いられる宴に身を沈ませていたのだ。
圧倒的な身体能力を得た衣玖と、攻撃の術を広げた穣子。互いに傷つけ、踊り、舞う。血こそ流れていないものの、遅かれ早かれ流すことになるだろう。
「…穣子、ここで決着をつけませんか?私と貴方、本当に強いのはどちらかというのを!」
荒々しい雷の音が激しくなる。勢いを増したその武器は、もう杖で止められるかどうかは分からない。
いつ死ぬか、殺されるか分からない。不思議と、恐れは抱かなかった。
「酷い話だね。今宵は妖力が強くなる夜…君の方が強いなんて、当たり前じゃないか。負ける勝負を買うほど、あたしはバカじゃない。」
「そう仰る割には楽しそうですが?」
その言葉に思わず苦笑を漏らす。が、一つ大きく深呼吸をして、にやりと笑って衣玖に一つの提案を持ちかけた。
「ねぇ、ゲームしない?」
「ほう、どのような?」
「身体能力の差は歴然。それでも、君があたしを殺すことはできない。」
その言葉を聞いて眉間に皺を寄せる。まあ待ってよと、意外と彼女のノリは軽かった。
「これはあたしが神だから。神は信仰があればいくらでも復活できる。…君は、あたしとの殺し合いを希望としている。でも、それじゃああたしが一方的に勝利条件を持っていて、君にはゼロ。そんなの、不平等でしょ?
だから、こうしよう。君が、あたしの意識を奪えば君の勝ち。奪えなかったら、君の負け。君が勝ったなら、あたしはもう引き下がる。君の好きなようにすればいいさ。でも、あたしが勝ったら、そのときはあたしの好きなようにする。」
杖を、己の得物を構える。
紅の瞳が、紅の瞳を映す。
「…いいでしょう。やることは変わりませんし、」
剣を、彼女もまた構える。
紅の瞳が、鈍く光る。
「もう、何でもいいーー」
ただ、殺りたい。鮮血をまき散らしたい。肉を抉りたい。
ここまで来ると、もう殆ど理性は残っていないのだろう。考えるよりも先に、足が動いた。
「……」
彼女らのやりとりを、ただ静かに雷鼓は見守っていた。
殺し合いだとか、ゲームだとか、今の彼女にとってはただただ恐ろしいことでしかない。
困ったことに、彼女らは月の宴会の踊り手なのだ。紅の月の光を受けて、楽しそうに、ただ楽しそうに遊ぶ。それだけなのだ。
それが、非常に恐ろしかった。いつかどちらかが踊れなくなるのでは、それで済めばいいが、もしもどちらかが舞台を強制的に降ろされたら。自分みたいに、足が折れて踊ることのできない踊り手ならまだいい。しかし、舞台の上の演劇は寸劇なのだ。
止められず、見ていることしかできない。いつしか観客に回された自分。不安定な、奇怪な宴を見つめることしかできない。
「…誰か、止めて……」
小さな悲願。宴の中、唯一の制止の願望。
その悲願は、誰にも届かなかった。
宴は、もう、止まらない。
この話、けぬさん的にはどうなんだろう…