文化祭の原稿(小説)3

5日目の夜。桜はちらほら咲き、十三夜月に照らされてその微かな花は白く淡く輝いて見えた。

月と桜の相性はとてもいい。昼間に見せる桜の風情とはまた違ったものが見えて趣がある。向日葵は周りの明るさと相互関係にあるからあまり風情があるとは言えない。けれど、やっぱり違ったものが見えて趣がある。

さてと、明後日が劇の発表の時なんだけれど、その前にアリスに対して二つ分かったことがある。

まず一つ、本人はうっかりやなだけであって器用さには長けていること。元々器用だったから人形の操る技術はすぐに上達した。これなら割と本番も大丈夫そう。

まぁおにぎりを作って指を切ったり、人形を作って爆発させることができるもの器用だからよね、間違った方向に。

それともう一つ、

「えーと、玉子はシャンデリアに血糖値を申しました。」

「・・・王子はシンデレラに結婚を申しました。」

・・・うっかりはどうしても直らない。

ある程度性格は気を付ければ直すことができる。なのに何故かアリスのうっかりは一向に直らない。

ここまで気を付ければ少しはマシになるはずなのに・・・それとも本人の注意力が端から皆無なのか。

「・・・これは重傷ね・・・」

言っちゃ悪いけどセリフが読めずに劇が勤まる訳がない。しかも対象が大人ならあえてセリフ無しでもいいかもしれない。でも今回は子供も多い。だからそれをやってしまえば子供が飽きてしまう。

本人のやる気は認める。でも、しょうがないと思って私はアリスに言った。

「アリス。」

「ん、何?」

「・・・人形劇・・・諦めようとは思わないの?」

アリスのうっかりはどういうわけか改善の余地がない。なのに当の本人は諦める気配がない。

気付いていないのかしら、そりゃケーキと間違えて人形を焼いて爆発させるアリスだから無理な話ではないけど。

「・・・幽香、何で?」

本人は少し悲しそうな顔をする。この様子だと今まで気付いてなさそうね。

少し心が痛んだけれど、でも笑い飛ばされるよりはましでしょ、そう思って私は言った。

「だってそうじゃない。薄々は気付いているんじゃないの?自分のうっかりは直らないってこと。だから人形劇は上手くいかないってことにー」

「何で諦めることができるのっ!?」

アリスの怒鳴り声で私は思わず肩を震わせた。アリスのこんな声、こんな感情は今まで
に見たことがない。

「今回の劇は特別なのよっ!私はどうしても今回の劇は成功させたいのっ!私には無理って分かっていても最後までやりたいの!!」

「今回は特別って・・・初回だから?でも初回なら先延ばししたってー」

「違うっ!幽香が手伝ってくれてるからっ!」

「っ!?」

思ってもいなかった言葉は更に私を驚かせた。

「私一人だったらもう諦めてたかもしれない。でも幽香が居たからここまでこれたのよっ!だから諦めたくないっ!幽香の頑張ってくれた努力を無駄にしたくないっ!!」

・・・驚いた。この状況下で私のことを考えてくれていたなんて・・・

それに私はあまり何も手伝っていない。せいぜいうっかりの調きょ・・・げふんげふん、うっかりの改善を手伝ったり、台本の読んでいるところを聞いたりしていただけ。

それに比べてアリスは人形劇の準備をここまで自分の努力でやってきた。だから努力が無駄になるとしたらどう考えてもアリスの方だ。

それなのに、アリスは私の努力を無駄にしたくないって言った。偽りのない、綺麗な蒼色の瞳で。

その目を見て、私の方がうっかりしてたって分かった。

「・・・そう。
・・・ごめんなさい、悪いこと言っちゃって。」

アリスに、今の今まで誰にも頭を下げなかった私が頭を下げた。

「・・・幽香が素直に謝るなんて・・・明日は霧が来るわっ!」

「霧!?雨とか雷じゃなくて!?」

「・・・あ。」

相変わらずのうっかり発言。でも、今は何故かその一言で笑いがこみ上げた。

「・・・頑張りましょ、私と一緒に。こうなったら最後までつき合ってあげるわ。」

「・・・えぇっ!」

そう言ってアリスの顔からも笑いがこぼれた。



でも台本が読めなくて人形劇が勤まらない。それは事実。

(・・・せめて誰かに代わりが頼めれば・・・)

その考えが浮かんだとほぼ同時だった。

「・・・居るじゃないの、ここに。」

「?幽香?」

十三夜月の下で、私は思いついたことを話した。


  ・
  ・

6日目の夜。月明かりに照らされる桜の花が昨日よりも増してきた。明日ぐらいからほとんどの桜が咲く頃だろう。

その花が咲く頃、私たちの本番でもあった。

「・・・で、王子様とシンデレラは幸せに暮らしました。めでたしめでたし。」

「・・・・・・」

明日を本番にして、私たちはようやく最初から最後まで通すことができた。

「・・・やったぁっ!ミスはあるけど最後まで無事いけたぁっ!」

「それ無事って言わないわよ。・・・でも、今までで一番良かったじゃないの。」

「うんっ、ありがとうっ、幽香が台本読んでくれるからだよっ!」

そう、私は昨日アリスに言った。『私が台本を読んだらどうかしら』と。

初めは驚いたアリスもその提案をすぐに飲み込んだ。うん、あの返事は早かった。

・・・だったら最初から頼みなさいよっ!

まぁうっかリスにそんな考えは出てこないか。でも思ったのだけれど・・・うっかりとバカは違うような・・・まぁいいか。

「あとは本番にうっかり人形を爆発させたり、うっかり客に向かってリターンイナニメトネスしないようにね。」

・・・やりそうで怖い。可能性を摘むことができないことがこんなに怖いなんて・・・

「うー・・・できるだけ頑張る。」

「いや、できるだけじゃなくて。」

人間ならリターンでぽっくり冥界行きよ?

「じゃあ一応最後に練習するわ。うっかりミスしないように紅茶を入れてきて。」

一番多分アリスにはこれが手軽で難しいと思う。だって今まで上手くいれてきたことないし。

初めて頼んだときはレモンとミルク両方入れてきてドロドロした飲み物になっていた。
それもしっかり砂糖と塩を間違えて。

あとは指切ったりかつおだしだったり砂糖入れに塩入ってたり・・・

そういえばあまり同じ間違いはやらかしていない。王道は何度もやってくれるけど。

幽香入れてきたよ。」

「ん。」

持ってきてくれた紅茶のカップを私は受け取っー・・・

「・・・ちょっと待て、」

今日はまたえらく恐ろしい色をしている。何というか色がすごく汚い。ペットボトルにお茶を入れて真夏に日向で一週間放置されたような色になってる。

「・・・アリス・・・今日は何やらかしたのかしら?」

「え?普通にストレートに砂糖一さじだけど・・・」

いや、そんな色じゃない、そんな平和な色じゃない。それだけだったらこんなアオミドロが住みそうな色してない。

私は試しに少し臭いを嗅いでみた。飲むのは流石に勇気がいる・・・と言うか飲みたくない、飲んだら死にそうな気がする。

「・・・・・・これは・・・抹茶?」

「・・・・・・」

アリスも何となく嫌な予感がしたらしい、急いで台所に戻って確認する。

「・・・ごめん幽香、砂糖と間違えて抹茶いれたっぽい。それも大さじで・・・」

今日はまた一段とひどいうっかりを。

「あの・・・どうやったら抹茶と砂糖を間違えるの?間違える要素ないじゃない。色も全然違うじゃない。まだ大さじは分かるわ。でもどうやったらこういう間違いをするのよ?」

「粉状という共通点。」

「それだけじゃないのっ!それだったらお湯を沸騰させるのに牛乳を沸騰させるのと同じよ!?」

「うん、やった。」

「・・・・・・」

・・・やっぱり、流石うっかリスだわ。誰にも真似できないことをさらっとやってのけるうっかリスだわ。

・・・急に明日の劇が心配になってきた。受験生におすすめの不眠紅茶(副作用腹痛)を見て明日嫌な予感しかしなくなってきた。