ほんのり小話 15

昨日の続き、何だけど15扱い。



私は衣玖さんと別れるときにこう言った。

「…ありがとう。私は…また、皆のところに戻るよ。」

すると衣玖さんは急に険しい表情で、

「…私は感謝に値するような出来た妖怪じゃないですよ。」

私はこのときの意味は分からなかった。

少し疑問に残っていたその言葉は、家に帰ると同時に頭の中から消えた。



私はメルランとリリカに頭を下げた。怒られるかと思っていたけれど、二人は笑顔で私を許してくれた。

メルランも私に頭を下げた。気持ちを理解できていなくてごめんなさい、と。

私も、それを笑って許した。

理解されなくても、理解してもらえることは分かったから。




ある人は言う。

私達の音楽は、精神の強い人、妖怪等は平然を保つことが出来ると。

つまり、あの人は本当に強い精神力の持ち主だったのか。

今になって、私はあの人が本当に完璧な方だったんだなって思った。

それから、私もあんな風になりたいと、憧れを抱くようになった。

あの人に少しでも追いつけたら。

あの人のように少しでもなれたら。

その思いを胸に、私達は今日もライブを開きに向かった。


そんな帰り道。

「…?ねぇ、人間の里の方…少し騒がしくない?」

今日は太陽の花畑でのライブ。里とはそこまで近いわけではないが、私ははっきりと騒動の音を聞き取ることが出来た。

「んー、確かに。でも気にすることじゃないでしょ。」

メルランは帰りをせかすが、どうしてもそれが気になって仕方が無かった。

何か、胸騒ぎがする。

「…ごめん、ちょっと見てくる。」

遂に絶えられなくなった私は人間の里へ走り出した。早く帰ってきなさいよ、というメルランの声を背にして。



「…っ!?」

人間の里に着いたとき、私はその光景に圧倒された。

たくさんの人間が、ある妖怪に一点集中で怒りを向けている。

その矛先を受けているのは、紛れも無い緋色の衣をまとった、

…衣玖さんの、ボロボロの姿だった。

「…ですからっ…」

「黙れこの疫病神!」

「お前が来るから災いが起きるんだよ!!」

黙って見ていられなかった。

私は彼女を助けたい、その一心でバイオリンを取り出した。

ただ、人間達の心を落ち着かせるだけの、短い旋律でいい。

「…ルナサっ!?」

人間の気が抜けた瞬間、私は衣玖さんの手を引っ張って里から走って逃げる。

追ってくる者は居なかった。



「…はぁっ…はぁっ…」

「…すみません…ありがとうございます…驚きましたよね。」

全くだよ。どうしてあんなことになっているのか。

妖怪を嫌う人間はほぼ全員だけど、あそこまでの騒動になるのも珍しい。

それに、気になる言葉も耳にした。

『疫病神』、と。

「…ねぇ、教えて。どうしてあんなことになってたの?」

「……それ…は…」

口を開こうとしない。言いにくいことらしい。

でも、少しでも私に出来ることがあるなら。

「…大丈夫、私はあなたを嫌いになったりしないから…」

「……」

ゆっくりと、その口が動いた。

「…私は龍の居る世界に行って、そこで龍の言葉を要約したものを人間に伝える、そのような役目があります。
大体、地震や嵐などの災害を伝えるのです。

…けれども、人はこう言うのです。『お前が伝えなかったら災いは起きない』、『お前が来るから災いが起きる』と。…馬鹿げていますよね、私が来なくとも災いは起きますのに…」

「……あ、だから…」

「…えぇ、私は『疫病神』なのですよ。」

私は一つの疑問が浮かんだ。

そんな辛い役目をどうして買って出るのか。

「…ふふ、不思議な顔をしていますね。…私は救いたいのですよ、あの人たちを。けれども、私には伝えることしか出来ない。それしか出来なくても、それが出来る。少なくても。だから私はやめないのでしょう。」

…その表情はとても悲しそうだった。

疫病神と石を投げられ、救おうという思いが届かずに嫌われる。

…私と、同じだったんだ。

人を楽しませたくてもそれが出来ない私と、

人を救いたくても救えない貴方と。


けれども、心からの本音。
「…私は…私だったら…間違いなく、あなたに『ありがとう』、この一言を伝える。ううん、今、伝えることが出来る。…私達を助けようとしてくれている、紛れも無い事実だから。」

「…っ…」

理解されなくても、その思いは本物。

私も、よく分かるから。

…帰ろう、としたときだった。

「…すみ…ま…せん、…少し…背中を…貸して…くれないでしょうか…?」

…私は何も言わずに、首を縦に振った。

それは、最初で最後の衣玖さんの涙だった。

理解して欲しくてもしてもらえない。

そんな彼女は、本当はずっと、悲しくって、辛くて。

けれども、誰にもその弱さを見せることが出来なくって。

…私でよかったって思う。

…私もその気持ち、よく分かるから…









思った。

CWでも何でもない(分類分)。