東方小説 『実りの空に一条の奇跡』 1

※幻想郷、早苗と穣子の過去話です。


時の流れとは残酷なものだ。


私たち神様は、人間やら妖怪やらからの信仰、つまり皆に知られ、皆に覚えてもらって初めて力を出すことが出来る。


私は豊穣の神。けれども、皆の記憶から抹消される寸前の、力の無い神。


豊穣の神は他にもたくさんいる。だからどうしても名が広まることは無かった。


ここで静かに消えていく。


時が流れて、誰からも忘れ去られて、


やがてここで、一人消えていく。


そんな、まだまだ幼い神様のお話。



−『実りの空に一条の奇跡』−



「私の名前を覚えてくれている人なんてまだいるのかな・・・」

広いあぜ道で、一人の幼い神様は足を伸ばして座り、澄んだ青空を見ていた。

もうすぐ秋の始まり。彼女は人間が信仰してくれる分、その恩恵を与えることが出来る。けれどももう誰一人として信仰してくれない。そもそも私のことを知っている人がいるだろうか。

「私のことを覚えている人としたら・・・お姉ちゃんと・・・あとあの博麗の巫女か。でもあの博麗の巫女もすぐに私のこと忘れちゃうでしょ。」

彼女、秋穣子は一つため息をつく。そのため息は辺りの蝉の鳴き声にかき消され、自分の耳にもほとんど届かなかった。

姉というのは紅葉を司る神様、秋静葉のこと。昔はそれこそ今の穣子のような状態だったが、ひょんなことから一躍ちやほやされるようになった。

「・・・もうお姉ちゃんも私のこと忘れたのかもしれないね。」

いつからだろう、穣子と静葉は全くお互いに顔を会わせなくなった。

別に喧嘩したからだとか、穣子が一方的に妬んだだとか、そんなことではなく。ただごく自然と二人はぱたりと顔を会わせなくなった。

夏の終わりの生ぬるい風が頬を撫でる。秋が近づいてきているというのに、全くもって心が踊らない。それもそうか、秋が来たところでどうせ私が出来ることなんて無いのだから。

多分、私は幻想郷に秋が来ると同時に消える。何となくそんな気がしていた。秋になって、皆が綺麗に色を塗られた紅葉を見てバカ騒ぎして、それを横目にひっそりと。

もっと前までは消えるのが怖かったはずなのに、今はそれを受け入れようとしている自分が居て驚く。段々とそれが定めだ、そう理解していったからか。

・・・今となってはどうでもいい。けど、どうせ、どうせ消えるのなら。

(・・・誰かの為にこの力を使って消えたいな・・・)

恐怖と対照的に芽生えた一つの想い。自分が消える時が近づくほどに強く想う。
出来れば自分のことを知っている人がいいな。こんな無名の神様の名前だけでも知っている人が。よくは知らなくていい。ただ、少しだけでも自分の存在を覚えてくれている人が。

そんな人、居るわけ無いけれど。そう思った刹那、自分の座っているすぐ横に蛙の髪飾りが落ちていることに気がついた。

「・・・これは確か守矢の巫女のだよね?」

手にとって調べる。間違い無い、形状も色もすべて一致している。
けれどもどうしてこんなところに?すっくと立ち上がると、数十歩先で持ち主が探しているのが見えた。何だ、ただの落とし物か。

このまま盗んだって気づかないだろうな。なんて考えたが、別に持ち帰って必要かって聞かれたらそうでもない、むしろあっても困る。大体神がそんな罰当たりなことしてどうする。

「・・・はい、捜し物これだよね?」

持ち主の元に歩いていき、目の前に差し出す。するとあっちは感極まってそれを受け取り、穣子の手を握ってぶんぶん振った。

「ありがとぉっ!これすっごく大事な物だったのよ!あっ、あたし東風谷早苗。守矢神社の巫女よ。」

うん知ってる。確か人間でありながら神でもあるんだよね、なんだか変な感じ。現代神(あらびとがみ)っていうらしいけれど。

自己紹介されたんだからこっちも。自分の名前を口に出そうとした瞬間、早苗は予想外のことを穣子に言った。

「あんたは確か・・・豊穣の神、秋穣子だったわよね?」

「なっ、何で知ってるの!?」

とっくに忘れ去られ、新たに覚えられることも無いと思っていた。

「そりゃあ巫女やるんだったら神様の名前くらい覚えてなきゃ。ま、全員把握している訳じゃないけれどね。でも幻想郷で姿が見られる神様は全員把握しているわ。」

そう言って早苗はふふんと笑う。博麗の巫女とは違うわ、と自慢げに。

私は早苗と関わったことは殆ど無い、というかあったことが記憶に無い。互いに間接的に聞いた名前程度しか知らないはずだ。

それでも、私にとってはとても特別なことだった。名前しか知らない、けれども初対面でも互いに名前だけは知っている。こんなことは初めてだった。最近では知り合っていた人からも初対面扱いされていたぐらいだったから。

「それじゃあ私は帰るわ。・・・けれども、折角見つけてくれたのにお礼をしないのもねぇ。何がいい?」

「えっ、い、いいよそんなの。」

見返りなんて必要ない、むしろ私のほうこそお礼がしたいくらい。だって私のことを覚えていてくれたんだから。

早苗が引き下がる様子は無い。これはこっちが何か要求するまで動きそうにない。

それじゃあ、お言葉に甘えて。

「・・・それじゃあ、秋が来るまで私の友達で居てくれない?」

最期に、少しだけでも誰かと一緒に居たいという悲願。口にしたことなど無かったけれど。

「秋まで?それってどういうことよ?」

「あーっと・・・えっと、私豊穣の神だからさ・・・ほら、秋が来たら忙しくってなかなか会えないからさ。」

もちろんこれはとっさについた嘘。筋が通っているようで通っていない。私は言ってすぐに後悔した。それなら冬からまた仲良くできるでしょ、と指摘されると思ったからだ。

まぁそれを指摘されたら今度は次の秋に備えての準備がある、とでも言っておけばいいだろう。次の返答を決めた私に早苗は一言言い放った。

「イヤ。」

「・・・へ?」

腕組みをし、私をにらむようにして鋭い一言。私は思わず唖然としてしまった。

「いや、だって何がいいって言ったから・・・」

「確かにそう言ったわ。けれど、何でもいいとは言ってないわ。」

なんという屁理屈。ちょっと言い返してやろう、拾ってあげたのは誰だと思っているんだと。

けれども、すぐにその言葉は遮られた。

「だって、私たちもう友達じゃない。」

「・・・!」

にっと笑う早苗。そんなことを言われたのはいつ以来だろうか。

確かに嬉しかった。けれど、私はどうしていいか分からず曖昧な返答しか出来なかった。

「なぁに、イヤ?」

「いや、そうじゃない。・・・とっても嬉しいよ。」

・・・あぁ、そうだ。

この人なら。

この人ならきっと。

私の最後の願いを聞いてくれる。

きっと、私が望むような人は居ないって思っていたけれど。

ちゃんと、存在した。

私の最後を記憶してくれる人が。

「・・・早苗。」

「ん?」

「・・・ありがとう。」

「・・・・・・」

指を口に当ててしばらく何か思案していたけれど、やがて、

「どういたしましてっ!」

笑顔で返してくれた。