「布都、少しお願いがあります。」
あれから日を重ね、私は気がついたら、
「ね、信仰する気になっ
「なってない、ならない。」
青娥に付きまとわれることになった。
あれ、おかしいな、何度も帰れと言ったはずなのだが。どうして今このような状況下にあるんだ。ただちょっと散歩に出ただけじゃないか。なのにねぇ何で?
「いいじゃんか、ちょっとくらい。」
「何がいいんだ、言っただろう、私は誰の助けも借りないと。」
軽く一ヶ月はこの調子だ。ついにはお互いいがみ合っているのに、時々談笑しあうくらいの仲になってしまった。
けれどもこいつのしつこさには正直参っている。もう私からこいつを退治してやった方が早いのではないのか。
私の一言が少しひっかかったのか、珍しく真面目な表情で青娥は聞いてきた。
「…ちょっといいかしら。」
「何だ、道教は信仰しないぞ。」
「違うって。誰の助けも借りないって言ってるけど…それって布都にはめられたからそう考えるようになったの?」
「……っ」
そうだ、と言えなかった。
私は布都にはめられ、結局は人は信じていても裏切るもの、そう思っていた。
…けど。
「…そうだ、と、思っていたかな。」
「…思っていた?」
「あぁ。人など信じていてもいつかは裏切る。現に私だって裏切られ、肉体を持っていない。それはそれでいいのだが。
確かに思ったな。騙された、信用した私が馬鹿だった。もう何も信じるものか、私は私の力だけで生きていく、と。」
珍しく真剣に話を聞いている。私がこんな話をすると思っていなかったのか、いや、それはないな。あっちから話をふってきて、こっちが首を縦に振っている時点でこんな話になるとは思っていたはずだ。
「…そうよ、人はいつか必ず裏切る。」
いつになく暗い表情。私は本当にこいつがあの鬱陶しい青娥なのか、もっと別の人のように錯覚してしまう。
「私は…私は父に裏切られて仙人になったわ。正しくは邪仙ね。大好きな父が突然居なくなったの。後で知ったわ、仙人になるために家を飛び出したって。どうしても父に会いたくて、それで私が仙人になったらまた会えるんじゃないかって。…けれど、この様よ。」
やれやれと、力無く首を横に小さく振る。私はその様子を見て、一つの疑問が生じた。
『この様』、それは一体何を指すのか。
いつまで経っても父に会えないことなのか、
それとも、自分は仙人では無く、邪仙になってしまったことなのか、
それとも、あるいは、
大切な人をすべて失って、独りになってしまったことなのか。
…っと、どうして私がこんな奴の心を理解しなくてはならないんだ。
けれども、少なくともこれは分かった。
「…私は。確かに人はいつかは必ず裏切ると言った。けれど、お前と出会って一つ分かった。
少しでも誰かにすがりたい気持ちがあるなら、心から人を憎むことは出来ない。心から人は必ず裏切ると思うことが出来ない。…お前だって、本気でそんなこと思っているわけではないだろう?」
「ーーっ」
どうしてこんなことが言えるか。
多分、それは、こいつが私にすがっている、
そんな気がしてきたからだ。
元々思っていた、どうして私なんだと。
別に布教させたいのなら代わりなどたくさんいるだろう。
けれども、あいつは執拗に私に求める。
それは何故か。
「…寂しかったんだろう、誰も相手にしてくれなくて。自分が邪仙と呼ばれるようになって。大切な人をすべて失って。誰か側に居てほしいのに、誰もが自分から離れていく。布教と偽って弟子を求め、その弟子というのは自分の力を見せつける為ではなく、自分の心の隙間を埋めてくれる人。私はお前と抱く感情が似ていて、そして、自分の気持ちを同意してほしかった…違うか?」
「……」
肯定の一言は返ってこなかった。
ただ、今にも泣きそうな表情で、かすれ、震えた声で、
「…分から…ない…自分が…どう思っているのか…」
そこからは言葉にしようとしても出来ないようだった。
「…それは仕方ない、と私は思う。いきなりこんなことを言われても、自分が否定し続けている思いならなおさら受け入れることが出来ないだろう。…私だって最近気がついたんだ、他人の力を借りないというのは布都の一件からでは無いと。私は本心から、あいつのことを憎く思っていない。では、どうして?…それは、私にも分からない。…だから、いきなり自分の固めた想いを否定され、自分が分からなくなるのは仕方のないことだ。」
私は必死に泣くのをこらえる青娥をじっと見つめていた。
近づかず、けれども遠のかず。
静かに、じっと自分の想いの行き先を見守っていた。
「…でも、これは本当。布教と偽って、弟子にしようとしたことは。これが根元っていうことは…確かね。それがどういう思いからかまでは分からないけど…っ!?」
青娥がそう言った刹那、激しい風が私たちを襲い、思わず目を瞑る。
「なるほど…やはりそういうことでしたか。」
風が止み、目を開けるとそこには、
「…神子様っ、布都っ!」
「屠自古っ、そいつは悪いやつなんじゃろっ!助けにきたぞっ!」
「私に道教を与えた次は、屠自古を悪用しようと…私はあなたを悪い奴だと思ったことはありません。が、少し痛い目に遭う必要があるようですね。」
戦いは避けられそうに無い。
また、力量の差は歴然としている。
それは青娥が弱い訳ではない。単純に、神子様が強すぎるだけなのだ。
勝敗はお互いに争う前から分かっていた。
「屠自古、あなたも彼女に一杯喰らわせますよ、それから布都、いきますよっ、『豪族乱舞』っ!」
「よしっ、屠自古っ、一緒に奴を討ち取るのじゃっ!」
「っ…」
「……」
私は動かなかった。それどころか、青娥の前に立ち、かばうような姿勢を示す。
「屠自古っ…まさか…」
「な、何をしておるっ、汝、道教に見入られたとでも
「これは私の意志です。道教に見入られた訳でも、弟子になったわけでも、神子様を裏切るわけでもありません。ただ、彼女は何も悪くない、それだけです。」
「ーーっ」
二人とも豪族乱舞がいつでも発動する姿勢で固まる。青娥は私がどうして自分をかばうのかが分からず、ただ静かに私を不安げな表情で見つめる。
「…屠自古、私の質問に答えなさい。」
僅かな沈黙の時間。神子様が口を開くまで言葉を放つものなど居ない。
「…あなたはどうしたいのですか。」
「……」
再びの沈黙、そして。
「…利用される気も無ければ道教を布教される気もありません。むしろ願い下げです。ですから、私は…利用出来ない友達として側に居てやりたい、それだけです。」
「っ…屠自古…」
「…ふふっ…成る程…」
笑顔を見せた後、私に笏(しゃく)を突きつける。何かされると思い、思わず冷や汗をかいたが、神子様はにこやかに言った。
「…屠自古、あなたにはしばらく暇を言いわたします。」
「み、神子様っ!?」
私は表情を変えない。布都と青娥はかなり驚いた様子だったが。
「いいですか、しばらく戻ってきてはいけませんよ。戻ってきていいのは、その女を捨てた、その時です。」
「そっ、それじゃあ屠自古は出ていくのかっ!?そ、そんなの嫌じゃっ、わ、童は嫌じゃそんなのっ!」
「…分かりました。」
私は神子様を真っ直ぐ見て、そう答えた。
「…屠自古…私のせいで…そんな…」
「青娥、これはお前のせいではない、あくまでも私の意志だ。」
青娥の手を握り、神子様に一礼すると、私は二人を残してその場から立ち去った。布都には少し悪いことをしたかもしれないが。
しばらく布都の泣きじゃくる声が聞こえたが、私はためらうことは無かった。
「うぅ…神子様…どうしてじゃ…」
「あら?私は二度と会うなとは言ってませんし、帰ってくるなとも言っていませんよ?」
「へっ…?」
「…ま、屠自古は気づいているようですけどね。」
(全く…神子様もお茶目な方だ全く…)
『しばらく戻ってきてはいけませんよ。戻ってきていいのは、その女を捨てた、その時です』、その言葉の意味はこうだ。
「青娥を大切にしなさい。万が一、フラれれたときはいつでも帰ってきなさい☆」
馬鹿な布都は、多分ずっとその意味が理解出来ないんだろうなと思うと少し笑いがこみ上げてきた。
「あの…屠自古…」
「ん、どうした?」
「その…ごめんね、私のせいで…こんなことになっちゃって…」
「別にお前が気にすることはない。それに言っただろ、私が決めたことだと。」
「…そう…だけど…」
いつまでもうじうじしている青娥に対し、私は一つため息をつく。
「…かえって良かったと思っている。私は多分、あそこにいたらずっと考えていると思う。何故他人の力に頼らなくなったかを、な。お前と居たら、分かるような気がするんだ。」
…多分、一度胸にした想いが似ているからだろう。
…もちろん他にも理由があったが、あえて黙っておく。
いつか、それが伝えられる機会に出会ったら、
そのとき、この背いてきた想い、伝えられるだろうか。
「さてと、これからどうするか。」
「…それじゃあ、ひとまず私の家に来る?誰もいないし、あ、死体が居るわね。」
「そういえばそうだったな。悪趣味。」
「なっ、何よ悪趣味ってっ!」
ふくれっ面を浮かべる青娥に対し、私は思わず笑みをこぼす。
まだその表情に陰りがあるけれど。
けれど、いつか。
いつか本当に笑えるようになっていたらいいな。
そして、どうか。
偽り続けた本心に近づけるように…
屠自子と娘々の話はひとまずこれにて完。
一言。ふっちーかわいいなふっちー!
娘々がひたすら女々しい。ここまで女々しい娘々多分そう見ないだろうなw
気がついた人もいるだろうけど、すでに屠自古と娘々に一つのすれ違いが。
神子様の言いたいこと、屠自古は分かってるのに娘々は分かっていないw
その誤解が解ける話はまたそのうちに。
ていうかやばい、これは本当にふっちーがかわいいわ。
因みに題名の偽心暗気。
あれは「自分の偽った心によって見えなくなった本心」っつーことで。
暗という字には「隠れている様」という意味もあり、気という字には「心の状態」という意味もあり。「暗くすさんだ心」、「隠した心」の二つの解釈が可。もちろん後で気づいた。