※予告通り、今日から一週間衣玖ルナ小話集やります。
※話がかなり暗い上、犬の嫌いなネタなので胃もたれしそうって思ったら全力でランアウェイお願いします。
「なぁ、少し思ったんだ。」
夏も終わりに近づいてきた頃、いつものメンバーはいつものメンバー同士で昼食を食べていた。
今日の料理当番は娘々。器用なだけあって料理は上手い。箸を躊躇う者はいなかった。
そんな中、突然屠自古はぴたりと箸を止める。娘々も何事かと思い、無意識に止まる。さとり達はおかまいなしのように箸を進めた。
「どうしたの、屠自古。」
「…神様って残酷だよな。」
「あら、亡霊が神様という単語を口にするなんて。昇天したいのですか?」
さとりのにこやかな毒舌。違ぇよ、と一言言って咳払いをする。
「じゃああの豊穣の神ですか?確かにやること成すことえげつないですもんね。」
過去にちょっと変わった面子で外食に行ったことがある。たまたま屠自古は穣子と早苗と鈴仙と一緒になったのだが、そこで穣子にそれはそれはまずいパスタを食わされたという伝説があるのだ。
「関係無いって。確かにえげつないけどさ…
…私や娘々は、寿命なんてあって無いようなものだろう?」
「まぁ、そうね。死神にさえ気をつければ永遠に生きれるもの、仙人だし。」
「私も亡霊だから、すでに死んでいる。二人とも、すでに輪廻の輪から外れたも同然だ。」
それはそうだ、と他の四人は相づちをする。今更何を言い出すのかと思えば、そんなことか。この場の誰もが思った。
「…さとり、こいしは妖怪だ。寿命はあるが、それはお互いのことだ。数年、いや、もっと長いかもしれない。けれども、いつかはお互いに潰える時が来る。」
「そりゃあ、ね。妖怪だって寿命が長いだけで、死ぬときは死ぬもん。」
「…屠自古。」
心が読め、次に何を言いたいか分かったさとりは、急に怪訝な顔をして屠自古の名前を呼ぶ。屠自古は次の言葉を言いかけたが、その口を閉じた。
「…その話は…」
「…でも、いつかは来るだろう?」
「それは…そうですけど…」
さとりが言いにくそうにしている理由が、屠自古には分からなかった。続けることを良くは思わなかったが、さとりは口をつぐむ。
「…ルナサと衣玖、この二人は一緒に永遠に過ごすことも出来なければ、一緒に潰えることが出来ない…皮肉なもんだよな。」
「…っ…!」
今ようやく気がついたかのように、ルナサは目を丸くする。衣玖は少し箸を止めただけで、特に表情は変えなかった。
「…そうだね、いつかはこの面子が三人になっちゃうんだよね。…とじぃと娘々と、ルナサと。…ルナサだけ、好きな人がいなくなっちゃう…」
「…そうですね。」
重たい空気がこの場を支配する。こんな話悪かったなと、屠自古は話題を切り替える。
かなりショックだったのだろう、ルナサはそのまま箸を置き、無言で部屋を出ていく。流石に誰も止めることは出来なかった。
「…悪いな…なんか、こんな空気にして。」
「あなたのせいではありませんよ。それに、いつかは言わなくてはいけなかったことなのです。…むしろ、ありがとうございます。」
一礼をし、衣玖はルナサを探してくると部屋を出ていく。四人はこくりとうなずき、その後ろ姿をじっと見ていた。
「…方法が無いわけじゃないんだけどねぇ…」
「仙人になるってか?」
「違うわよ、妖怪が仙人になっちゃったらたまったもんじゃないわ。」
思わず苦笑する娘々。方法はかなり簡単、目の前にすでに実例がある。ま、あの人がそんな手段つかうとは思わないけれど、そこまで言って三人は納得した。
いくらなんでも、それはやらない。
そう思っても、誰も口にしなかった。
・
・
「…私ね、思い出しちゃったの。」
きっと泣いているのでしょうね、そう思って部屋に入った衣玖だったが、ルナサは泣いていなかった。
ただ自分の部屋で膝を抱え、静かに体を震わせていた。
そんなルナサの隣に衣玖は静かに座った。
「…何をですか?」
「私が音楽を始めたきっかけ。」
思いもよらない言葉に、衣玖は思わず目を丸くした。
「…レイラ・プリズムリバー。プリズムリバー三姉妹を生んだ、プリズムリバー家の四女。」
「…えーっと…どういうことですか?」
姉を生んだ妹?時系列がずれているどころでは無い。全く何がどういうことなのかが分からない。当然のリアクションだと、ルナサはくすりと笑った。
「…プリズムリバー家はね、急にみんなが離ればなれになっちゃったの。父があるマジックアイテムを持って帰ってきたその日から。末っ子のレイラだけは家から離れられず、そして、私たちを生んだの。」
「生んだって…その人が姉たちのことを強く思うが故、姉たちと同じ、けれども全く別の”ポルターガイスト”として実体化したとでも?」
「そういうこと。」
衣玖さんはやっぱり理解が早いね、と再び笑ってみせる。その表情はとても笑顔と呼べる代物ではない。
「…私達は思念だからいつまでも残ってる、けれども…レイラは人間だったから。」
「…言いたいこと、すべて分かりました。…辛いでしょう、話すのは。」
「うん…辛いよ。けれどね…私怖いの…」
何がと、言わなくても自然と分かった。
それは、レイラのように忘れてしまうことが。
始めは分からなかったのだろう、彼女、レイラの死が。そもそも、死ぬという動詞が。
どうして動かないか分からず、結局どうすることも出来ない。ただ分かったことは、もう二度と彼女が動かないということだけ。
そんな彼女の姿と、私の姿が重なったのだろう。大切な人を失う辛さの再認識。今度ははっきりと分かる、この世の摂理としての。
エビングハウスの忘却線。人の記憶力と時間の関係をグラフ化したものがある。
時間が経てば段々忘れていくが、すべてを忘れるには時間がかかる。逆に言えば、どんなことも鮮明には覚えていることが出来ない。
「…私も、忘れ去られることが一番怖いです。…では、作りましょうか。忘れることの出来ない、楽しい思い出を。そして、時々思い出してください。確かに私が居たことを。ほら、そうすれば…忘れることはないでしょう?」
思い出せば出すごとに、忘却線のグラフは最高点に登り、その後の傾斜が緩くなる。
そうやって、人は『記憶』していくのだ。
こんな時にも、そんな論理的に物事を考えている自分が馬鹿らしく思えた。
それは、いずれ訪れる天命の理を受け入れようとする姿勢がすでにあるからか。
「…大丈夫ですよ。私が居なくなっても、ずっとあなたの中には居ますから。」
笑顔でルナサにそう告げる。
耐えられなくなったのか、ルナサは私の胸の中で大声で泣いた。
ねぇこれ毎回毎回ルナサ泣くんじゃねぇの。
※この下ネタバレ故、文字を白くしています(はっきりと描写してないけど、重要な隠し事)。金曜日の記事を読み終わってから読んでいただけると嬉しいです。
というかいきなり読んじゃうと絶対後面白くないです。
・さとりが言いにくそうにしていたのは、この時点で衣玖さんの寿命がもうすぐということを知っていたから。
心が読めるさとりには、いつかルナサに言わなきゃと思う衣玖さんの心がお見通し。
屠自古は全くの偶然。ふっと思っただけ、本当に。
・方法。亡霊になればいいんじゃないかな。っていう考え。
ただ、輪廻の輪から離れることをルナサは許さないだろうなって思って絶対やらないってみんな断言。もちろんやらない。
因みに考えたことはある。こっちのお話も考えたことはある。採用しなかっただけで。
・レイラ関連。小話14で言ってた『みんなを幸せにしたい』、その思いからルナサは音楽を始めたわけで。
元々はレイラが目を覚まさないから、音楽で喜ばせたら起きるんじゃないかなというメルランの提案の元、始めたよう。
で、長年経ってレイラのことを忘れて、何かきっかけがあったんだけどー…って思ったらこれだよ。っていうのが今現在進行形。