輪廻之理 ―一番悲しいのは別れてしまうこと―

「…衣玖さん、ちょっといいでしょうか。」

衣玖が帰る前に、さとりが少し引き留める。

中では言いにくいことだと言うので、暗い星空の下、二人は少し家から離れたところに並んで座った。

「…具体的に、あとどのくらいか分かりますか?」

「…何がですか?」

「隠し事は通用しませんよ。」

笑ってごまかそうとしても、さとりの前では無駄だ。心を読まれてしまっては、無意識になる他対抗策など無い。

「…近いのでしょう、寿命が。」

「…ははっ、やはりばればれでしたね…えぇ、そうですよ。」

やはりさとりの前では無力か。そう思うと口にしなくてもいいのではと思いつつも、ゆっくりと話し出した。

「…そうですね…一週間でしょうかね。」

「そうですか。…しかし、妖怪って怖いですよね。こんなに若く見えても、実は寿命すれすれという恐ろしい生き物なのですから。

…龍の居る世界は時間の流れが違うのでしたっけ?」

元々衣玖は、龍の世界で龍の話を聞き、要約したものを人々に伝える。龍の居る世界はここよりも時間が早く流れる。どのくらいかは分かってはいないが、かなり早いことは確かだ。

「…ルナサには伝えたのですか?」

「いいえ。…出来れば自然に居なくなりたいのです。」

「…そうですか。…だそうですよ、期待した情報でしたか、あなた?」

いきなり目線を反対側の方にやる。そこにはただ森が広がっていたが、やがて一つの影が出てきた。

「ははっ、バレちゃったか?やっぱりこういうのは早苗に任せた方が良かったんだろうね。」

姿を見せたのはちょくちょくうちに訪ねてくる幼い神様、秋穣子だった。彼女もまた、私達と同じ『変わり者』だ。

私たちとはまた別の、けれども混沌とした種族の小さなグループの中で生活している。穣子はそんな中の影の切れ者、あるいはひねくれた知恵ある者と言うべきか。

「…穣子、ルナサにこのことを言いふらす為に来たとでも言いたいのですか?」

「べっつにー?私がそんな悪趣味なことすると思う?」

思いますよ、と衣玖は頷いて肯定を示す。思わず穣子は苦笑して、信頼無いなぁと呟くも、当の本人は全くそんなことを気にしていない、むしろほめ言葉だと捕らえている。

「…さてと、さとりさんにはバレちゃったよね、私が衣玖さん…いや、さとりさんに聞こうとしていたこと。」

「えぇ、サードアイで読ませてもらいました。…しかし、それは愚問では。」

「…それは、衣玖さんに聞いたらでしょ?あくまでも私は、さとりさんに聞いたら、だよ?」

…あぁ、そういうことですかとさとりは納得する。対して衣玖は話をよく分からず、会話に混じるよりも理解することに専念する。

「…それでも、やはり私が言うことは変わりませんよ。」

「…そっか、愚問だったか。」

相変わらず穣子の表情から笑顔が消えることはない。元々の性格なのだろうが、ついついその裏の表情、本性を気にしてしまう。

「…衣玖さん、一つだけ言わせてよ。…黙ってルナサから居なくなること、というか天命を受け入れること。…それがどういうことかを知ってかの判断か、よぉく考えてね。せめて、一人が後悔しないように。」

違和感のある言葉に衣玖は首を傾げる。それから穣子はさとりの方を向く。しばらくお互いアイコンタクトを取って、帰ると告げた。

「…それじゃあ、ね。…さとりさん、」

「えぇ、分かってますよ…あなたって本当に性格悪いですね。」

「へへっ、どーも。残念だけどそれは私にとっては最高のほめ言葉だよ。」

今まで以上の笑顔を見せる穣子。二人は少し寒気を覚えた。

その場から離れていく幼い神様の後ろ姿をしばらく見つめた後、やがて二人も別れた。





「…さてと、どう思った?」

森に入ってすぐ、二人の視線を感じられなくなったことを確認すると、穣子は誰も居ないはずの空間にその言葉を発した。

と、同時に一つの影が姿を現す。それは穣子にとって一番親しい友達、早苗だった。

「…多分、あんたが捕らえた通りだと思うわよ。…少なくとも、衣玖さんの行動は変わらないわ。というか本人分かってなかったもの。…解釈も外すわよ。」

「いいの、それが目的だから。じゃないとあんな分かりにくい、それも間違いやすい言い回しするわけないじゃん。」

あんたって人は、と早苗は思わず苦笑する。

あのとき、盗み聞きしていたのは穣子だけではない、早苗もそうだったのだ。

この提案をしたのは穣子。会話から相手の思考を考える穣子と、仕草から思考を捕らえる早苗。思慮深い者と、洞察力の鋭い者。二方向から攻めて、相手の考えを確実に捕らえようと考えたのだ。

「そういえばどこに隠れてたの。」

「二人の真正面ぐらい。分からなかったでしょ?」

「うん、全然。もう巫女やめて盗賊になったら?」

「いやいや、盗賊は副業よ。やめたのは人間だけでいいわ。」

やめたのは人間だけ、何気ない早苗のその言葉が刺さり、穣子は思わず苦笑して言った。

それは、以前なら早苗も穣子も、衣玖とルナサの二人と同じ立場にあったから。
神である穣子と、神だけれども人間の早苗。死なない神様と、すぐに天命を受け入れなければならない人間。ほんの僅かの時間しか、二人は共に居られなかった。

「…私も分からないわけじゃない、むしろ痛いほど分かるよ、ルナサのこと。」

「私だって、衣玖さんのこと痛いほど分かるわ。…でも、私は人間をやめて、神として生きることを選んだ。それと、それが出来ない二人…あぁー、じれったい。」

「…早苗。」

「ん?」

「早苗は、運命って信じる?」


  ・
  ・
「ねぇ、居なくなるってどういうことなのっ!?」

あれから数日後、衣玖はついに出ていくことを公にした。

「…すみません、ずっと黙っていて。龍の言葉を届ける場所が変わってしまって…当分、ここへは戻れそうにないです。」

もちろん、この言葉は嘘。それを知っているのはこの場では衣玖とさとりだけだった。

「本当に急だな…今すぐじゃないとダメなのか?」

「…はい、すみません…どうしても言い出しにくくて…」

申し訳なさそうにする衣玖。言い出しにくいのも無理はない、誰もがそう思った。

「…ねぇ…もう…もう帰ってこないの…もう会えないの…?」

「……」

肯定しなくてはいけないのに。またいつか、そんな希望を捨てさせなくてはいけないのに。

今にも大泣きしそうな彼女に、私は、

「…別れることは一番悲しいことです。しかし、それは出会ってしまえばいつかはやってくるもの。…でも、きっと。きっとまた会えますよ。」

だから笑ってください。そして、また会えたら、一番に笑顔を見せてください。

そんな、守れるはずのない約束をして。

また会える、会えないのに私はいらない期待をさせて。

…それは、彼女を悲しませたくないから。

そんな想いよりも。

…私が、忘れられることに怯えているから。

私が、別れるのに耐えられないから。

だから、自分にきっとまたなんて嘘を。

…そんな弱い私に、ルナサは頑張って笑顔を作ってくれた。





「…みなさん、どうしても伝えなくてはいけないことがあります。」

衣玖と別れて、完全に彼女の姿が見えなくなってさとりが口を開いた。

「…衣玖さんは、今日この日で亡くなりました――」




…ごめんなさい、ルナサ。

…今まで、こんな私に優しくしてくださってありがとうございました。



…さようなら。
















重たい長い暗いしんどい。

※この下ネタバレ故、文字を白くしています(はっきりと描写してないけど、重要な隠し事)。金曜日の記事を読み終わってから読んでいただけると嬉しいです。
というかいきなり読んじゃうと絶対後面白くないです。


・穣子は衣玖さんの寿命がもうすぐということをすでに知っていたか。えぇ、知ってました。というか元々龍の住む世界が、ここよりもどのくらい早く時が流れるかを知っていて、そこから彼女の寿命の長さを逆算したようです。

・早苗の人間やめてうんぬんって話。まだ書いてないだけです;また死ネタやんなきゃならないって思うと鬱だなぁ…まぁこの二人よりはさっぱりした話になるはずだけど。

・最後にさとりがみんなに衣玖が死んだことをばらしたの。実は帰り際、穣子がさとりに頼んだこと。ルナサの中で衣玖さんのことが自然消滅しないように、ちゃんと事実を伝えた方が記憶に残る、そう思って伝えさせたようです。

もうちょっと分からないところがあると思うけれど、それは(出来たら)土曜日にまとめを乗せる予定なのでそこで。
ここにはそこでも触れてないことを乗っけてます。