輪廻之理 ―一番寂しいのは会えないこと―

あれから数年が経った。

もしかしたらもっと経っていたのかもしれない。けれど、私たち幽霊や騒霊にとって時間なんて、どうでもいいことだから。

ただ、一つの時間だけを除いて。

私はもう落ち着きを取り戻していた。

衣玖さんに出会えないことは寂しい。けれど、いつまでもうじうじはしてられない。

完全に立ち直った、そうとは到底言えない不安定な状態だけど。それに、立ち直ることは出来ないと思う。

もう会えないと思っていても、会いたいと思う自分が居る。

叶わない願い、だから、私はその想いを必死に殺した。




「ルナサ、今日も行くのか。」

6月の夜。空はきれいに晴れ渡っていて、たくさんの星が姿を見せていた。

雨の心配はなさそう。今年は天候が不安定で、ちょっと外に出かけるにも傘が欲しいくらいだった。

「うん。だって、この時期にしか見られないでしょ、蛍って。」

「まぁな。気をつけて行ってこいよ。」

「分かってるよ。」

私は毎年、6月がくると、よく蛍を見るために紅魔館近くの湖に出かけた。

あそこにはよく氷の妖精が出てくるけれど、あまり強くないから一人で追い返せる。人にはちょっと危ないところかもしれないけれど、妖怪や幽霊にとっては何でもない湖だった。

私は蛍を見るためというよりかは、ずっと、ある思い出にすがっているためといったほうが正しい。

ここで、私と衣玖さんは初めて一緒に蛍を見た。私は何度も見たことがあったのだが、衣玖さんは見るのは初めてだったらしい。

普段大人っぽいのに、そのときはとても無邪気な、子供のような表情をしていたのを今でもよく覚えている。



「やぁ、今日も?」

「っ…なんだ、穣子か。」

不意に声をかけられたので思わず驚く。

振り返ってみると、そこには木にもたれ掛かって小さく笑う穣子が居た。

「なんだとは酷いなぁ。」

「だって…穣子が関わると大体ロクなこと起きないもん。」

その一言を聞いた瞬間、穣子は大笑いをする。その様子に腹が立ち、思わず荒声をあげそうになった。

「いやいや、ごめんね。そんな風に思われるのは心外だなぁって。」

「だって…関わっていい思いしたことってあんまり無いし…」

「ちょっとはあるんだ?」

「……」

本当にこの性格は腹が立つ。私はもう無視をすることにした。

それにしても、今年はやたらと蛍の数が多い気がする。気のせいなのかもしれないが。

しばらぐ蛍を眺めていると、風に乗って小さな歌が聞こえてきた。

「…巡り巡る悲しみよ

 巡り巡る不可思議よ

 巡り巡る言の葉よ

 巡り巡る約束よ

 巡り巡る情操よ

 巡り巡る必然よ

 巡り巡る結束よ

 巡り巡る運命よ…」

どこか民謡的で、けれども不思議なリズム。同じリズムが何度も繰り返された歌だった。

いつもの悪巧みしている表情はない。むしろ純粋な子供のように錯覚するほど、綺麗な歌声だった。

「…ねぇ…それ、何の歌?」

尋ねると、その歌をぴたりとやめる。少し空を見上げた後、やがて言葉を紡いだ。

「…さぁね。忘れちゃった。」

「…そう。」

「でも、強いて言うなら、この世の理、かな。」

「…?」

それ以上、私は何も聞けなかった。

「…ルナサ。」

「何?」

「…巡り巡らないものなんて無いよ。形あるものも、感情や、約束…巡り巡って、やがて帰ってくる。巡らないものは、輪廻の輪から外れた愚か者。…だからね、あきらめることはしなくていいんだよ。その想い、押し殺すことはしなくていい。」

いつもなら何かたくらんでいる表情。

なのに、こんなときに限って。

彼女は純粋な、無邪気な子供になる。

「…押し…殺してなんか…」

「…たまには、外に出しちゃってもいいんじゃないかな。悲しさは隠すよりも、出した方がいいよ。たまには出さないと、君が壊れちゃう。」

「…それが、叶わない願いでも?」

どうして、こんな時に限って彼女は子供になるのか。

汚れのない、純粋な。

「叶わない願いでも。…いや、叶わない願いなんかじゃないさ。忘れた?すべてのものは巡り巡る、って。」

その言葉の意味は私にはよく分からない。

分からない、けれど、なぜかすごく心に響いて。

気がついたら、その場で泣き叫んでた。



「…会いたい…会いたいよ…っ…うぅっ…うぁぁあああぁっ…!!」


衣玖さん…


…あなたに、もう一度、


…会いたい。





「…これも、世の理か。それとも、この二人が特別か。…特別?いやいや。そんなもの、理の中に存在しない。これは、巡り巡る運命。ただ、二人の絆が強かっただけの、りっぱな、世の理。…さてと、最後の仕事か。」

ルナサに聞こえないようにそう呟いた穣子の右手には、

美しい、緋色の羽衣が握られていた。















あぁぁぁあああぁあ湿っぽい!!!


※この下ネタバレ故、文字を白くしています(はっきりと描写してないけど、重要な隠し事)。金曜日の記事を読み終わってから読んでいただけると嬉しいです。
というかいきなり読んじゃうと絶対後面白くないです。
段々書くこと無くなってくんのな。


・穣子の歌について。あの曲の四行目までは豚乙女の『メグリメグル』の冒頭と全く一緒。それ以後は一部犬が変えただけ。
リズムもあってるのでよかったら聞いてみてくだしあ。

・「さあね、忘れちゃった」って言ってるけど。この曲は穣子の自作曲。
穣「自分で作った、なんて恥ずかしくって言えるわけないじゃん?」

・羽衣は衣玖さんから奪取成功。