ほんのり小話22-2

どうして娘々を出さなかった犬。




夕方。雲ひとつ無く、綺麗な赤が空一面に広がっている。

けれど、それは吸血鬼が活動を始める前兆の知らせ。この夕焼けを、快く見ている人は、せいぜい何も分からない子供くらいだろう。

完全に太陽が隠れたとき、あの恐ろしい吸血鬼が暴れだす。

知っているなら、まず家から出ようなんて思わない。人間の里では外に人間は全く居なかった。


「…何処に行くつもり?」

扉に手をかけようとする早苗に、穣子は冷たく言い放つ。一階にはこの二人しか居なかった。

「…分かってるでしょう。」

「分かってるよ。吸血鬼を止めにいくんでしょ?で、止めて、レミリアに訴えかける。でもさ、自分があの吸血鬼に勝てると思う?自分は人間で相手は

「分かってるわよそんなことっ!」

早苗の荒声により、部屋は静寂に包まれる。それは、穣子によってすぐに破られた。

「…私は、それは馬鹿げた行動だとしか思わない。けれど、止めるつもりは無い。」

「…穣子、穣子は平気なわけ?あの妹の方…フランだっけ?地下に閉じ込められて、誰とも会わせてもらえなくて、それで気がふれてる?…当たり前じゃない。どうしてあの吸血鬼は分からないのよ…あの子はただきっと、寂しいだけなのに…」

「私もそう思う。…で、あの吸血鬼もそれに気が付いている。分かってて、閉じ込めてるんだよ。怖いから、暴れて、ここが滅茶苦茶になるのを恐れてるから。

…そして、何よりも、そんな状態に追い込んでしまった妹に、姉はあわせる顔が無いから。」

この世の人間は非情な輩が多い。普段は早苗もそう見えるが、人間にしてはやたらと他人に関与しようとするお人よしだ。穣子はそんなことぐらいよく分かっていた。

「…あんたはやっぱり、非情な神様だわ…」

「そういう君は、情に厚すぎる人間だよ。」

命がけのこの行為。親しい者なら誰もが止めに行くだろう。

けれど、それは逆だと、穣子は言う。

「…行ってきなよ。止めない。…けれど、一つ約束。

 終わって帰ってきたら、必ず『ただいま』って言って帰ってくること。分かった?」

にやりと笑って穣子は拳を前に出す。早苗は少し目を丸くして、やがて同じように笑って、行ってくると言って自分の拳をこつんとぶつけた。






「どうして止めなかったのですか!」

数刻後、早苗が居ないことに気が付いた寅丸は、穣子が早苗を止めなかったことを知り、珍しく声を荒げていた。

「彼女が行くことを望んだから。」

「…死ぬかもしれないのですよ?あなたは彼女を見殺しにしたも同然なのですよ…それでもあなたは平気に笑っていられるのですかっ!」

「……」

一つ深呼吸をして、落ち着いた声で、

「…例えば。復讐することに囚われた友人が居たとする。復讐は憎しみしか生まないという一般論。君は、その人を止める?」

「…止めます。復讐は何も生みません。後で後悔するのは自分です。」

「うん、君ならそう言うと思った。でもね、もし君の場合、パルスィが誰かの手によって殺されたなら、それでも復讐しないって言える?」

「…っ!」

自分の立場になってようやく気が付く。一般論は、自分の立場になると何の意味もなくなると。気が付かず、平気でそうぺらぺらしゃべる輩はこの世にあふれている。

「…だからね、私達は、その人がこうしたいっていう行動を止める権利は無い。それが、自分にとって最善の行動だって思っての行動だったらなおさらね。」

「……」

太陽が完全に山に隠れると同時に、寅丸は静かに、けれど強く言い放った。

「…パルスィ、そして、穣子。…リーダーからの命令です。一緒に、早苗のところに行きますよ。私は仲間である以上、彼女を助けるのが何よりも最善の行動だと思っています。」

パルスィは静かに首を縦に振る。穣子も、

「…了解。リーダー命令なら、仕方ないね。」

首を縦に振った。







パルスィ完全アウェイ。