これは、私が『私』のときのお話
それはまだ、ただ一人白い世界をさまよっていた
…そんなときの、私が生まれる前のお話
『私』は白しか知らなかった
ただどこまで行っても白い世界
色のない世界に『私』は飽き飽きしていた
ただ、白いだけでなくって
誰も居ない、寒い、冷たい
温もりも何もない、面白くとも、何も
『私』はそんな世界で、なんとなく生きていた
面白くない世界で、ただひとりぼっちで生きていた
生への執着がなければ、死への執着もない
感情も、涙も、笑顔も
…『私』は知らなかった
そんなにたくさんの色を、知る機会なんてなかった
ただ、白い檻に閉じこめられ
何も知らず、何も分からずにさまよった
ただ、たった一日の出来事が『私』を変えた
『私』は初めて人…いや、自分以外の妖怪というものを見た
極寒の地にも負けず、ただ凛として立っていた
今の私だから、こう例えることが出来る
それはまるで、
永遠に枯れない一輪の花のようだった、と
『私』は我慢できなくって、その妖怪に近づいた。
その妖怪は『私』を見るなりに驚いていた。きっと、この寒波の中、誰かがやってくるなど思ってもいなかったのだろう。
「……」
『私』はただ、初めて見る色をじっと見ていた。
『私』の知らない色を、その妖怪はたくさん持っていた。
見たことのない色を、たくさん…
「…あなた…一体何しにきたの?」
少しとげのある言葉。けれど、『私』にとっては、その言葉がとても暖かかった。
何よりも、言葉を初めて聞いた。
「…初めて…妖怪を見た、から。」
「…?妖怪はあなたもでしょうに…」
こんなに寒いのに、そんな薄着で平気でいられるあなたは雪女か何か?
彼女は、そう尋ねてきた。
『私』は分からなかった。それが、何をさしているかを。
あくまで、それは人間や、他の妖怪の間で呼ばれている種族名。
そう呼ばれているなど、知りもしなかった。
「…分からない。ただ、この白い世界にずっといるわ。何年、何十年…もっと、かしら。」
「…そう。」
私は、彼女はこのとき、すでに『私』がどういう妖怪か、大半察していたんだと思う。
彼女は追い払うこともなく、ただ無言でその場所を、太陽の花畑を眺めた。
「…冬じゃなかったら、たくさんの色を見せてあげれたのだけれどね…」
ここには基本的に夏の花を育てるらしい。だから、今はただ、白一色の世界。
季節外の花をすぐに育てることは難しいらしく、ごめんなさい、と一礼をした。
「いいの。…今日、たくさん色が見れたもの…私の知らない色が、いっぱい。」
そのとき、多分、『私』は初めて、少し笑っていた。
いくつか色を知ったから。だから、初めて笑うことが出来た。
「…それじゃあ、そろそろ行くわ。」
ほとんど冬も終わりに近かったため、あまりここには長居ができなかった。
一日だけだったけれど、『私』は誰かに出会えて嬉しかった。
「…そうだ、一つだけいいかしら。」
再び一人、歩きだそうとしたときに、彼女は『私』に問いかけた。
「あなたはこの世界が、色の無い世界が嫌いかしら?」
『私』は少しだけ考えて、
「…えぇ。ここには何もないもの。何もない牢屋に閉じこめられているような世界…大嫌いよ。」
「…そう。」
短い返事。しばらく考え、
「…今はそれでもいいわ。けれど、必ず、あなたはこの世界に感謝する日が来るわ。私が…風見幽香が約束してあげる。だから、またいらっしゃい。」
そう言って、幽香は『私』に一つ、種を渡した。
「また出会ったとき、一緒にその種を埋めましょう?…いつになるかは分からないけれど、きっと、二人で咲かせられる日は来るわ。だからそれまで、少しだけのさよなら。…いつかの、また会えた、そのために。」
『私』はしばらくその種を見つめて、やがて、
「…ありがとう。…レティ・ホワイトロック…また、ここに来るわ。…必ず、絶対に。」
冬が終わって、また次の冬まで眠って。
次の冬、会いに行ったけれど、そのとき幽香はそこにはいなかった。
後で知ったことだけれど、そのとき幽香は魔界に行っていたらしい。
裏切られた、会えなかった、そんなことは思わなかった。
むしろ、
…いつか、また会える。
そんな想いが、ずっと胸に残っていた。
『私』に色をくれた、『私』を変えてくれた人と再会するのはもう少し先のこと。
その前に、『私』はもう一人、『私』に色をくれた人と出会った。
今回文章が難しいって思ったの犬だけ?
色が隠喩になってるとこもあれば普通に色になってるとこもあるし。
あくまでも語り手は私であって『私』でなかったりね。
え、幽香さんは魔界に何しに行ったかって?
ロリスちゃんに会いに行ってます。しばらく帰ってきません。