ほんのり小話 30-3

同刻、人間の里付近。

長年探していた妹の消息も分かり、安心した様子で静葉はひとまず、自分の家に帰る途中だった。

たとえ会えなくても、居場所が分かっただけで心のつっかえが取れたような気がした。軽い足取りで、銀世界に足跡を残していく。

すると、急に気温が下がった気がした。風が強くなり、思わず自然が剥いた牙に身を震わせる。

「悪いわねぇ、盗み聞きするつもりは無かったのだけれど。」

そう言いながらも、笑みを含んだどこか嘲笑しているかのような声。本人はあまりそんなつもりはないのだろうが。

姿を見て、このいきなりの寒気が自然ではなく、目の前の人物、もとい妖怪によるものだと分かった。

「あら、寒かった?ごめんなさいねぇ、じっとしていたら寒気を完全に抑えることができるんだけど。」

「…聞いていたのですか、レティ・ホワイトロックさん…」

寒気を操る妖怪。普段はその能力を抑えているのだが、移動する際には、どうしても辺りの寒気を強めてしまうようだ。

勝手に発動する能力を抑えるのは難しい。どうしても、何かする際には発動してしまうものだ。

「あら?でも聞かれちゃマズい話だった?」

「いえ…そういう訳ではありませんが…」

完全にレティの話のペースに乗せられている。相手のペースを乱し、自分の聞きたいことを手短に話させる、それがレティのやり方だ。

ペースを乱すことで、嘘を付く隙を与えない。出来るだけ情報を正確に、かつ素早く聞き出す。特に気弱な静葉にはこのやり方はかなり有効だろう。

そこに、彼女の台本上に無い人物が割って入る。

「何やっているんですかレティ…弱い者いじめですか?」

恐らく、白玉楼で仕事を終えて、たまたまこの道を通りかかったのだろう。魂魄妖夢がレティの前方から声をかける。その隣には手伝いに行っていたアリスの姿もあった。

まずい。アリスはともかく、妖夢は必ずこちらのペースを乱してくる。バカ正直も、時にはとても邪魔になる。二人に聞こえないように、レティは小さく舌打ちをした。

…情報を聞き出すのは容易。早く次の場所に移動したいのに…

そう脳裏をよぎった瞬間、レティは二人のところに飛んで、小さく耳打ちをした。

「…いい、二人とも。今から静葉に『穣子の帽子のこと』と、『探すのに長年もかかった理由』を聞き出しなさい。情報は夜に貰うわ。それから、後者は上手く聞き出しなさいよ?ストレートに聞いたら、絶対答えないわ。」

二人の肩をぽんと叩き、静葉の方に振り返って笑顔で言う。

「ごめんなさいねぇ、この二人があなたに聞きたいことがあるみたいで。私はちょぉっと席を外すわ。」

わざとらしいセリフを吐いて、三人を残して飛んでいってしまった。向かった先は…恐らく、プリズムリバー家だろう。

二人にはレティの意図が読めない。しかし、何かに巻き込まれた、これは何となく把握した。元より、彼女が頼み事をするのは、大体面倒なことに巻き込まれたときだ。

「…あの…聞きたいことって…?」

「えぇっと…実はね…」


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「…成る程ね、静葉が来たの。」

藍と衣玖から話を聞いた早苗は納得したように首を縦に振った。

「あぁ…あと分からないことは、彼女が家を飛び出した理由と…少し、気になったことがある。」

「…?何でしょう?」

右手を口に当て、考えるしぐさをしている藍に衣玖は尋ねる。

「…あまりにも時間が長いと思わないか?何年も探していた…それが引っかかるんだ。この幻想郷で何年も探していて…何も掴めないなんてこと、ありえるか?」

「…確かに、妙ですね…誰も存在を知らないのならともかく…」

人気の無い神様、それでも存在はしている。こいしのように無意識を操るわけでもないのに、何故そんな長い間見つからなかったのか。

「…考えられるとしたら、穣子が極力、人目につかないようにしていた…かしらね。誰にも名前を覚えられないようになって、努力してもダメで…って、これじゃあ誰も覚えていないのだから、知らないって言うしかないわよね。」

確かに、と衣玖は納得する。しかし、藍はまだ微妙に納得していない様子だった。

誰にも覚えられない、つまり、誰も知らない。その通りなのだが、何か引っかかるのだ。

「…何だ?何が引っかかる?」

「?何が引っかかるって言われても…あたしは皆が知らないから、情報が出てこなかったとしか思えないわ。」

「では、何故今日、あいつはここを尋ねてきた?」

「居ると断定した上で来ましたか?偶然のような口ぶりでしたし…ここに穣子が居るとは知らなかったのではないでしょうか?」

「……そう…なのか?」

それも、やはり何か引っかかる。何か激しく思い込みをしているとしか思えないのだ。

「ボクは知ってたと思うなー。」

「っ!?」

いきなり第四者の声。声のした方向は…窓の外?

全員窓の方を見ると、やぁと言いながら、こいしが外から身を乗り出していた。…何と言うか、軽くホラーである。

「びっくりした…半分無意識のあんたなら、全然注意してなかったあたしに気付かれることないものね…」

誰か来たら、勘の鋭い早苗はすぐに反応をする。しかし、気配が薄いこいしには、どうしても反応が鈍くなってしまった。

「えっへへ…で、話の続きだけどさ。あ、でも静ちゃんがここに訪ねてきて、二人が穣子は居る…っては言ってないか。名前出して3分ほどしか知らないんだけどね。」

「…逆に、何で知っている。」

少なくとも、その時間には三人しか居なかったはずだ。藍の睨みに、こいしはけろっとした表情で、

「盗み聞いた。」

「……」

…こいしェ…

「…ま、どーでもいーじゃんそんなこと。…で、知ってたって思うのは、ここに居るなんて一言も言ってないでしょ?」

「あぁ、そうだが…!」

その一言でいきなりはっとした顔になり、思わず立ち上がる。

「『居る』とは言っていない!私は穣子か?と、名前を尋ねただけだ…それで、あいつは居ると確信した…誰に聞いても分からなかったが、尻尾を掴み、ここでの目撃があった。それで、私の口から穣子と出た。…誰に聞いても分からなかった自分の妹が、ここでしっかり名前が出た…確信できる…!」

「ちょっと質問よろしいでしょうか。名前が出ただけで本当に居ると思いますか?」

「あら、それは大丈夫よ。」

衣玖の質問に、早苗が答える。

「あたしが穣子と会ったとき、名前を言ってあげただけで彼女は『何で知ってるの』とかなり驚いていたわ。そのくらい、誰も知らないのに、藍の口からはすんなり出た。…居るって、思えるでしょ?ここで衣玖さんがそれ誰って言ったら半信半疑になるけれど、口を挟まなかった…間違いなく居る、あるいは密接に関わってる、こう断定できる証拠になるわよ。」

…こいしが、思わぬヒントを持ってきてくれたな…三人は思わず苦笑いをした。

あんな幼い、ふわふわした女の子にヒントを貰うなど、一体誰が思っただろうか。

それでも、ありがとうと一言礼を言おうとして、三人は気が付いた。

いつの間にか窓から身を乗り出していた姿は無く、代わりに庭で手を振っているのだ。それも満面の笑みで。

…自由な奴、と誰もが呆れかえった。

それと、疑問が解けたと同時にもう一つ。

「…なぁ。窓、開いていたか?」

「…?覚えていませんが、閉まっていたと思いますよ。先ほどは三人とも悩むことに一生懸命で気が付きませんでしたが…開いていれば、外の冷たい空気が入ってきて、寒さですぐに分かると思います。」

「…話し声、外に漏れるか?」

「大声ならともかく、今回は無理でしょう。普通の話し声では外まで聞こえませんよ。…最も、早苗や神子様のように聴覚に優れている者であれば、壁に密着していれば聞こえると思いますが…」

…ここで、衣玖も、早苗も藍の言いたいことが分かった。

では、どうして、

…彼女は一部だけを知っているのか。

盗み聞きと言っても、どうやって…?

「…無意識の能力で、実は部屋に居た。」

「…それしかないですよね。」

考えても分かりそうにないと思った瞬間、かなり簡単に謎は片付けられた。







レティさんの『』のとこは白文字です。ドラッグしたら読めますが、ややネタバレになります。
こいしの盗み聞きは、実は意外とちょっと複雑になってます。…偶然なっちゃったんですけどね。
そしてこれでようやく半分くらい。多分。3日で8000字くらい書いてると思いますw
あと。こいしちゃんは犬も考えてないくらい大変な仕事をしていきました。仕事しすぎ。予想外の仕事しすぎ。