ほんのり小話 30-4

あ、今回はさとりん純粋な子の方で。




「それで…」

大体の謎は解けた。まだ分からないことはあるが…今の情報では推測にしかならない。

それよりも、衣玖には重要な問題があった。それは、今後の方針だ。

何がどうなっているか。その時系列を整理した上で、藍や早苗たちはどうするのか。

「…お二人は…穣子と静葉さんを仲直りさせるおつもりは?」

藍の意見を聞いている以上、どうしても弱気な発言となる。それでも、再確認の意をこめてあえて二人に尋ねた。

藍の言っていることは正当だ。仲直りしたいと思っていないのに、無理やりこちらがさせようとするのはいい迷惑でしかない。…分かっている。

けれど。

「私には…穣子は、助けを求めているようにしか見えないのです。」

「……」

意見はあっさり出た。

「私はさっきも言ったが、事実を知ることにしか首を突っ込まない。」

「…私も、反対ね。これ以上首を突っ込む気は無いわ。」

早苗の予想外の言葉。親友のために、何よりも人のために尽くす早苗なら、どこかで必ず動くと思っていた。

けれど、あっさり反対。それが、衣玖には納得がいかなくて。

「…何故です…親友を…親友をあのまま…問題を抱えたまま放っておくおつもりですか…!」

震える声を絞り出す。怒りに似た感情を帯びた声は、早苗の感情を逆撫でした。

「…知らないから、そういうことが言えるのよ。…あんたは穣子の何が分かるというのよ…!」

「逆に聞きます!どうしてそこで反対という意見をお出しになるのですか!あなたは…あなたはそれでも…親友ですか…!」

いつも、彼女の為に動いて。

いつも、彼女の傍にいて。

そんな早苗が反対するのが、どうしても納得いかなくて。

けれど、早苗は彼女の為に反対していた。

「だって…あのお姉さんは穣子のことを何も想っていないのよ!」

「…っ!?静葉さんは妹のことを何よりも心配しておりました…何故そのようなことをおっしゃるのです!」

藍はこのとき、すでに早苗が何を言いたいか分かっていた。

それは、穣子がここにやってきたときの、早苗の表情を見ていたから分かる。

どれだけ、穣子のことを想っているか。

「あたしが居なかったら…皆が居なかったら…今頃、穣子はここに居ないのよ…神として死にそうなときに…あの人は、妹のことをほったらかしにして…それで、今更…?穣子も怒るわよ!どれだけ必死に、どれがけ懸命に生きようとしていたか…あの神様は何も知らないのよ!」

それは、早苗が穣子と出会ったとき。信仰が集まらず、穣子は今にも神として消えようとしていたときだ。

当然、そのことを衣玖は知らない。しかし、それでも…何があったか、把握するには充分だった。

「…兎に角、あたしは反対するわ…今更過ぎるのよ…偽善者気取りもいいところだわ…」

俯いて、部屋を出て行く。その身は、怒りで震えていた。

二人はしばらく何も話さなかったが、長針が半周するころ、藍がその静寂を破った。

「…これで、分かっただろう?仲直りさせることは、お前の良心という名のただのおせっかいだってことが。」

「…分かりませんよ…」

分からない、というよりも、分かりたくなかった。

おせっかいのつもりでも、可哀想だからでも無い。

ただ…一つだけ…

「…どうして…姉妹で喧嘩しないといけないのですか…」

一人身の衣玖にとって、姉妹という言葉は特別なものだと思っている。

家族というものを彼女は知らない。妖怪にそのような関係なんて無い。

それでも…納得がいかなかったのだ。

「…お前は、姉妹がすべて、円満な関係だと思っているのか。…全く、おめでたい奴だな。」

「…!あなた…一体どこまで…っ!!」

「やめてよ二人ともっ!!」

唐突に聞こえる短い旋律。聞きなれたその音色、二人にはそれが誰によるものかすぐに分かった。

「…ルナサっ!?」

「私も居ますよ。」

「それと、ボクもね。」

言い合いになっている間に、ルナサとさとりとこいしの三人が部屋に入っていた。争いの心も、ルナサの旋律によって沈められた。

鬱の音を操る…それは同時に、気持ちを落ち着かせることでもある。力の使い方を覚えれば、その能力は色々なところで役に立つ。

「…何があるか、知っているような顔をしているな。」

「えぇ、大体の話は聞いています。」

そうか、こいしは何が起こっているか知っているからな。藍は思わず小さくため息をついた。

「…それで、お前は?」

「仲直りさせることに賛成か反対か…決まっているじゃないですか。」

どこかで、彼女は反対するだろうなと思っていたのかもしれない。

意見を聞いたとき、驚きを隠せなかった。

「賛成ですよ。…そのために来たようなものなのですから。」

「…!お前がか?」

「私も…賛成する…」

「ボクも賛成。…今、この場の反対者は狐さんだけだよ?」

こいつらも偽善者きどりか。思わず藍は三人を睨みつける。

「お前達は…もし今の穣子の立場になったときに…仲直りしたいと思うか?何年も探した?そんなもの、今更になって探し出して、ほとんど探していなかった可能性だってあるんだぞ?それでも…お前らは、姉を信じるというのか?」

「…えぇ、言いますね。」

…あぁ、そうか。藍は一つ、この三人の共通点を見つけた。

それは、私は知らなくて、お前達は知っていること。

それと同時に、私は持っていなくて、お前達は持っている。

「…私も、姉妹ですから。」

眼を伏せて、胸に手を当てる。

「…妹と何度も喧嘩したけど…そのたびに、仲直りしたいって思うものなんだよ…?妹も…そう思ってくれるものなの…」

「ボクも…お姉ちゃんが必死にボクのこと守ってくれてたのに気が付かなくって、酷い言葉をぶつけたことがあるの。サトリに生まれたくなかった…こんな能力、欲しくなかったって…でも、お姉ちゃんが居てくれて…すごく、嬉しかったの…」

「……分からないな。私には、姉も、妹も居ないからな…」

しかし、お前らが言うのなれば間違いは無いのだろう。

私よりも、お前達の方がよっぽど今の穣子の気持ちを分かってやれる。

…少し、悔しいな。知恵で劣ることは無いと思っていたからな…

眼を瞑り、少し微笑んで見せて。

「…分かった。それがお前らの意見か…何か手伝えることがあったら、言ってくれ。」

「…藍さん…!」

冬に負けない、暖かな空気がこの場を包み込んだ。




「…あなたは行かなくていいの?」

部屋の外で、早苗はさとり達の話を聞いていた。その様子を見て、一人の妖怪が声をかける。

…花の妖怪、風見幽香だ。

「…聞いていたわね?」

いつもの敬語は何処へいったのやら。それだけ、気持ちが乱れているのだろう。

聞き始めたのはかなり前の方から。藍が始めて反対したときくらいからこの場に居た。入ってしまっては迷惑をかける、しかし話には興味ある。だから、彼女らしくない盗み聞きを決行したのだ。

「…えぇ。…あなたの言いたいことは分かるわ。私も、穣子がここにやってきたときの日…あなたの必死な表情、覚えているもの。」

「……」

しばらくの静寂。一つため息をついて、幽香が話し始める。

「…やたら綺麗な紅葉の次の年。」

「…え?」

「覚えているかしら。その年の紅葉の様子を。」

「……」

覚えているわけがない。本当に綺麗だったから印象に残った。…その他の紅葉なんて、意識しないと覚えているはずなんてないのだ。

それでも、想像ならできる。信仰が自分に向いて、ちやほやされているのならば、もう一度綺麗な紅葉を見せて、完全に自分のものとするだろう。

「…同じように、綺麗だった?」

「残念ね。…答えは、かなり残念な紅葉だったわ。」

そのときの紅葉は、紅葉と呼べるようなものではなかったという。

花の妖怪は毎年どこにどんな花が咲き、どのような様子だったかをすべて覚えている。

「…もう一度、あの紅葉を見せたら信仰はすべて自分のものになっていたでしょうね。…それなのに、彼女は今まで以上に雑な色塗りをした。もちろん、里の人間はがっかりしたわ。…これが、どういうことか分かるでしょう?」

早苗の方を向く。そこには、早苗の姿はどこにも無かった。

その場に残された幽香は、思わずくすりと笑った。





「…そうですか。…それでは、無理にお誘いできませんね。」

今までの経緯を聞き、さとりは思わず腕組みをする。そこに、

「ごめんなさいっ…あたしも、混ぜてくれないかしら…」

「……」

何があったか、何となく誰もがわかった。

「…もちろんですよ。」

「!ありがとう…!」

気が付けば、もう日が暮れようとしていた。








あのね。長い。