ほんのり小話 30-6

「まぁ、作戦決行は明日…いえ、ある意味今夜からね。」

口元に手を当て、考える仕草を見せるレティ。さとりはちょうどレティが何をやっているのか説明し終えたのを確認すると、皆と同じように座った。

「あの、何を

「やっていたかって?これですよ。」

最後まで言わせて下さいと、むっとした表情になる。それを無視して、さとりは娘々から何かを手渡してもらい、それを衣玖に見せる。

「これは…鑿(のみ)、ですか?」

「えぇ。これを使って、ちょっと穣子の心の中を覗かせてもらったのよ。」

お前はそれを貸しただけで何もやっていないがな、と屠自古のあきれ声。別にいいじゃないと娘々は反論している。

この鑿は、娘々が簪(かんざし)代わりに髪に飾っているもの。彼女の能力はこの簪のお陰であり、他の人でももちろん使える。流石に娘々のように使いこなせるわけではないが。

この鑿はどんな壁でも瞬時に穴を開けることができる代物で、しかも空いた穴は跡形無く元に戻るのだ。

「これを使って私のサードアイだけを壁の向こうにやり、彼女の心を覗いたのです。流石に中に入ってはバレますからね。」

まぁ、あの様子ではもしかしたら気がつかないかもしれませんね、と補足する。

彼女が塞ぎ込むことなど、いままで一度も無かった。一体、何がそこまで彼女を苦しめているのか。

「…で、読めたわけ?」

「…正直、ダメに等しかったです。」

「?お姉ちゃんが人の心読めないなんてことあるの?ボクみたいに心を閉ざしたのなら話は別として…」

もしかしてと言葉を紡ごうとするこいしに、さとりは上に言葉を乗せて、

「そうじゃないわ。…複雑な感情が絡み合っていると、上手く読めないのよ。こいしは一斉に五人から声を掛けられたら何て言ったかなんて聞き取れないでしょ?だから、それと同じよ。」

ただ一つだけ、と続きを話そうとして、不意に言葉を詰まらせる。言いにくいことかと思ってこいしは顔をのぞき込むが、その表情はどこか、安心したようなものだった。

「…寂しかったみたいですよ。あの腹黒い神様も、やはり姉妹なんですね…」

その言葉に、思わず何人か笑みをこぼした。

どれだけ悪く言っていても、どれだけひねくれていても。

変わってしまった性格、それでも。

…しっかり、純粋な心は持っている。

捨てきれず、ちゃんと残っている。

「…そうですか。それでは…絶対に、仲直りさせませんとね!」

妖夢の一言が、皆を後押しする。全員が首を縦に振った。…もう、誰も反対者はいない。

「それでは、レティ、今回はあなたに指揮を任せます。あなたの考えがあって、今この状況がありますからね。」

責任の放棄ではなく、適任の信頼。レティは親指を立てて、今後の動きについて話し始めた。

「まず、残りのやることは単純よ。穣子を誘い出して、静葉と会わせる。」

「…本当に単純ですね。」

もっと何か複雑な策があるのかと思えば…心理戦のようなじれったいことの嫌いなレティらしいといえばらしい。

要するに、自分はじれったくていいのだが、向こうがじれったいと腹を立てるのだ。

「それで、できるだけ察されないようにしないといけないのよね。まず、面と面を向かわせてちょっと来いなんて言ってもぜぇったいに来ないわ。」

そこで、と言って立ち上がる。腕を組んで、自信たっぷりな表情で言い放った。

「異変を起こすわ!」

「…え、ちょっと、レティさん?」

もちろん小規模で、誰にも分からないような異変よ、と衣玖の言葉の後に付け足す。

「問題は、誰にも気づかれない、かつ知られないこと。これは後から伝えるわ。それで、起こす内容は…そろそろ帰ってくるはずなんだけれど。」

その言葉と同時に。

「ただいま戻りましたよ。」

「全く…秋には振り回されっぱなしよ。」

入ってきたのは寅丸とパルスィ。手には一枚の紙が握られていた。

丁度よかったわと、レティがその紙を受け取る。中身を確認し、それから仲間の前に広げる。

「これは…地図?」

「えぇ。二人には、紅葉が綺麗なところを印付けてきてもらったわ。」

パルスィはずっと地底に居たので、この辺りのことをよく知らない。対して、寅丸は聖の手伝いで、幻想郷じゅうをよく行き来しているのだ。

そのこともあって、土地感覚の強い寅丸は、よくパルスィを色々なところに連れていくのだ。その中で、特に印象に残っていた紅葉の場所を地図に記してきてもらったというわけだ。

「…よく覚えているわねそんなこと。」

「それは…だって…」

顔を赤らめてお互い微笑みあう。大切な記憶だものとかってお互いテレ合っていれば、続きを聞く気もなくなるというものだ。

「はいはい。そこまででいいわよクソリア充め。」

とりあえず、異変というのは紅葉させ、秋の実りの神様である穣子をおびき出すということは分かった。いくら落ち込んでいても、冬に紅葉の異変となれば、彼女なら動くはずである。

自分に深く関与する異変。これを見逃す彼女ではない。

「それで幽香と早苗、今から動いてもらうわよ。」

「え、こんなに暗いのに!?」

「精神状態が不安定なときを狙いたいからしょうがないじゃない。」

レティの考えに動くことになっているから反論はできない。おとなしく意見を聞くことにする。

「特に早苗は重要なポジションだから。今から二人はこのポイントを巡って、一番あんたの力的に問題がないところを探してきなさい。で、報告はいいから、明日8時に奇跡を使って一時的な紅葉を作るの。」

力を発動させる人によって、一番いい環境というものは違ってくる。こればかりは早苗が探し出すしか仕方がない。

更に奇跡を発動するには、それだけ相応する時間が必要とされる。大きな奇跡になるほど、その時間は長くなる。

「…なーんか奇跡を便利能力扱いされてる気がするんだけれど…いいわ、やってあげる。夜もあたしは夜目がきくものね。」

「あの、そしたら私は何をすればいいわけ?」

確かに、と誰もが思う。それなら早苗だけでも問題はないと思うのだが、と仲間の意見。

「あぁ、幽?保険よ。」

本当に紅葉が綺麗な場所を選んでいるかの最終確認と、奇跡が発動しなかったときの力技要員だとレティのお言葉。

「花の妖怪が言う場所なら間違いないでしょ。だから、幽は場所の最終確認。それから、失敗したら、幽の能力でなんとかしてもらえばいいわって。」

「…なんとかって…そりゃあ、花というよりも植物を操るのに近いけれど…季節外の植物を一時的に育てるってのも難しいものなのよ?」

「失敗したら失敗した早苗を恨みなさい。私も早苗を恨むから。」

「えっひど。」

にっこりとしたレティの表情に真面目にたじろう早苗。思わず全員が笑みをこぼした。

「ま、本番私は早苗達の方に行くわ。寒気を抑える役目があるもの。」

「…その役目は大きいけれど、こっちに来て一体何のフォローになるのかしらね。」

「なんですって、こら。」

一つ苦笑してため息をつくと、とりあえず行ってくるわと言って早苗と幽香は席を外す。あんなことを言っていても、頼りにしているように笑って見せていった。

「…さてと。それで、人目につかないようにっていう点に関しては、皆に気を引いてもらうわよ。」

「引くって…どうやって。」

「そうね…例えば寅丸。あなたは命蓮寺に腹痛でも嘘ついて寝込めばいいわ。そしたらみんなが心配がってあなたの様子を見るでしょうから。」

理由は何でもいい。とにかく、居ればいいのだ。普段ここに来るせいで、本来の仲間達とはあまり顔を会わせていない。

そんな人がいきなり一日中居るとしたら?皆その人にここぞとばかりに寄ってくるだろう。

今回の引きつけ役は、皆がその役目を担うことになる。

妖夢は博麗神社、アリスは魔理沙のとこ、寅丸は命蓮寺、パルスィは旧都、屠自古は…布都のとこ、こいしは地霊殿…それぞれをお願いするわ。」

「おい、何でよりによって布都なんだ。」

「神子様はバレたって小さな事としか思わないわ。だから警戒する必要は無いの。でも、布都がシリアスな場面に入ってきてご覧なさいよ。」

…あぁ、一秒で台無しになりますね。全員が思わず冷や汗をかいた。

あ、それでと不意に妖夢が納得した仕草を見せる。

「白玉楼、紫様のところに誰も行かないのはそのためなんですね。」

「そういうことよ。真の賢者はささいなことでわめきやしないわ。私が警戒しているのは野暮な外野よ。空気が読めない妖怪や妖精を近づけない、これだけでいいの。」

なるほど、よく考えられている。誰もが反対意見を出さなかった。

「あー…湖も妖精が多いし、やっかいかもね…藍、どうにかしてきて。あ、でももう一つ仕事頼むから、そっちもよろしく。」

「いや、ちょっと待て、妖精など相手にしたことが無いのだが

「しっぽでも触らせときなさい。」

「いきなり何でそんなにぞんざいになるんだ!…というか、湖の近くって確か…」

「えぇ、紅魔館あるけど、頑張れ。」

最早私がどうにかするしかないのか…ついに諦め、何も反論しなくなった。

「で、衣玖さんには一番辛い役目を買って出てもらうわ。」

そう、今の時点で、一番の問題箇所が残っていたのだ。

一番、異変に翻弄される輩がばっこする場所、

「…人間の里に、上手いように言ってきて。」

「…!レ、レティ…それは

「…はい、分かりました。」

胸に手を当て、微笑んでみせる。藍のように反論はしなかった。

しかし、ルナサだけは別。ルナサだけは、衣玖が人間達からどのような目に遭っているか、実際に見ただけあってよく知っているのだ。

「衣玖さんは…衣玖さんは人間達に地震が来ることを伝えるから…だからっ…」

「そのだから、よ。」

人間から、お前が何も言わなければ地震は起きない、そう言われ、激しく嫌われている。

しかし、逆にそれが信頼の証となる。嫌でも信じてしまう。だから、それをあえて利用するのだ。

「でも…っ」

「いいのですよ、ルナサ。」

ルナサの肩に手を置く。震えているのが自分によく伝わってくる。

「…今は、大切な仲間の為に、何かできるのなら、してあげたいのです。」

「……衣玖さん…」

「…あーごめんなさいねぇ、言い忘れてたわ。ルナサ、あんたもついて行ってきなさい。」

「っ!?わ、私も…!?」

もちろん、ちゃんとした理由はあった。

「えぇ。人間の反感から衣玖さんを守ってあげなさい。あんたのその鬱の音を操る能力で人間の怒りを沈めることができるでしょ?」

「…っ」

「…行ってくれるわね、二人とも。」

二人は強く頷く。それと同時にさとりは気がついた。これは彼女なりの優しさなのだと。

成功のために、誰かを犠牲にする。そのやり方を、彼女は嫌うのだ。じれったいのと同時に、仲間が傷つくことも同時に許せない。

不器用ながらも、しっかりと仲間のことを想って発言してくれているのだ。

「…何よさとり、笑っちゃって…」

「いえいえ、何でもありません。」

何となく気に食わなかったが、話をあまり脱線させるのはよくない。追求することなく、次のやるべきことを伝えた。

「あとはおびき出す役。これは娘々と、橙でやってもらうわ。」

まず娘々がキョンシーを操って、外を騒がしくする。話しはさせず、あくまで物音を立てるだけ。

その後、娘々が一部だけ秋になっていると大声で外から叫ぶ。これだけやれば、彼女が家の中が静かなことに気がついて、皆その異変の方に向かったと思い、外に出る。

そして、出てきたところに橙が入る。探してた、急いでこっちに来てと、重要なのはスピード。言っては悪いが穣子はそこまですばしっこくはない、対して橙は妖獣の中でもかなり速い。上手いこと誘導し、向こうが本気を出さなければ追いつけない、そう思ってもらえる速さで目的地に誘い込む。もちろん、最後には上手くまく必要があるが。

「…で、誘い込んだら私たちのところに来なさい。分かるでしょ。まぁ、分からなかったら陰で様子を見ててちょうだい。」

「うーん…自信にゃいけど、頑張ってみるにゃ!」

二番目に重要な役割を任せてしまったなと、今になって少し後悔する。信頼していないわけではないのだが、何となく幼いだけあって不安なのである。

「そして。仲直りが成功してもしなくても、湖の方にいる藍に声を結果報告しにいきなさい。それを聞いた藍が、式神を使って皆に知らせる。その後は…後日、集まりましょう。きっと、そのときにはもう穣子は皆が仕組んだことだって気がついてるでしょうから。」

一応、反論が無いことを確認する。さとりは名前はあがらなかったが、同行してほしいと彼女が心の中で頼んできたので、そのときに首を縦に振って賛同の意を示した。

「…それじゃ、皆…明日はそれぞれが重要な役割を持っているわ。誰が失敗しても成功しない…いいわね?」

応っ、と短い、けれども力強い声が部屋に響いた。







多分今までで最長。5000文字とかありますよ。
キバりんのもこけね小説7まであって長いなとか思ったら、ものすごく人のこと言えなかった…!