ほんのり小話32-3

「…で、衣玖さんは何処?」

無縁塚に着くなり、穣子は妖怪たち…推定竜宮の使い、に尋ねる。その質問を聞くと、急に彼女達は腹を抱えて笑い出した。

「こいつ…本っ当に信じた…っ…あっはは…!」

「馬っ鹿だわ…!傑作だわ…!」

あぁ、後者だったか。別にその様子を見ても、予想済みでしたといわんばかりの表情。驚く様子もなければ焦る様子も無い。

ただ、心のどこかで少しだけ、もしかしたらと考えていたらしい。

逆に安心したように、自分の胸をなでおろした。

「…良かった、衣玖さんが無事ならそれでいい。」

「…あんた、今の自分の置かれた状況分かってる?」

安堵の笑みが妖怪たちの怒りを逆撫でしたらしい、笑うのをやめて、きつく穣子を睨みつける。穣子は怯むこと無しにこう答えた。

「勿論。衣玖さんが無事。彼女は酷い目に遭っていない。…でしょ?」

それ以外に何があるのと言いたげな表情を3人に見せる。その瞳に恐怖の色は無い。

それがものすごく頭にきたようで。

「ーーっ!!?」

唐突に腹部に鈍痛が走る。3人の中の1人が力いっぱいに膝をめり込ませ、穣子は思わずその場にうずくまった。

その前に、面倒な能力を持った妖怪が仁王立ち、見下すようにして吐き捨てる。

「…言ったわよね、あんたのおかれた状況だって…」

再び能力を発動させる。体が硬直し、自由を完全に奪われる。

逃げ出したくても逃げ出せない、並の者ならすでに恐怖に捕らわれているこの現状で、なおも穣子は平然を保っていた。

「…衣玖と関わったから、あんなやつと関わったからお前はこんな目に遭う。どうだ、あいつが許せなくないか?自分がこんな目に遭っているのに、あいつは助けに来ない…それが、許せるかい?」

すでに穣子には3人の思惑がすでに分かっていた。要するに、自分と衣玖を離れさせたいのだ。それも、自分から相手のことを嫌うようにし向けて。

逃げられない、痛い、苦しい。そんな恐怖を植え付けさせて、仲間割れを謀ろうとしている。理由はきっと、衣玖が気に食わないだとか、そんな小さなことで。

大切な人を失う、それがどれだけ辛いことか、穣子はよく分かっていた。

独りになる辛さを知っていれば、一緒に居てくれることの温かさも知っている。

だから、

「…それは…お門違いって…やつじゃない…?…そこに…衣玖さんのせいって…そうなる理由…ないと思うな…?」

きつく相手を睨みかえす。お得意の挑発の笑みまで浮かべて。

3人の表情が更に黒くなる。怒りに我を忘れる直前の、暴君のような表情に。

「…あんた…本当になんなの!」

ついに痺れを切らし、1人がうずくまる穣子を更に何度も踏みつける。もう1人の姿が無いところを見ると、恐らく何かの準備をしにでも行ったのだろう。

「…っぅ…っ!」

「そう…そんなにあんな奴のことが大切なのね…いいわよ、会わせてあげるわ…勿論、あんたを無事で済ませる気はないけどねぇっ!!」

力まかせに蹴りとばされ、数メートル転がり、桜の木に激しく打ちつけられる。そのまま力無く倒れ伏すしか無かった。

朦朧とする意識の最中、それでも穣子ははっきりと妖怪の声を聞いた。

立ち上がる力も、見上げる力も無かったから、ただ俯いたまま、手放しそうになる意識を必死に掴んで、離さずに。

「…同業者である以上、衣玖を傷つけることはできないのよね。…けれど、猿の一匹くらい、殺したとしてもなーんの罪にもならないわ…」

起きているでしょとばかりに頭を掴みあげる。瞳にほとんど光は無く、荒い吐息で、ぼんやりと自分たちを見るその姿をあざ笑い、

「だって…竜宮の使いは妖怪だもの…」

甘美に酔ったその声を聞いてなお、冷静な自分が居て驚くよ。心の中で穣子はそう呟いた。

…これから今ここに居ない奴が衣玖さんを連れてくる。連れてきて、同業者というポジションをいいことに、目の前で自分を殺すつもりなのだろう。

全く…滑稽な話だ。あまりにも面白くてお腹が痛くなっちゃうよ…実際、今でも十分痛いけど。

妖怪達は気がついていなかった。

彼女たちもまた、穣子の台本の上で踊らされていることに。


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  ・

「ただいまー、穣子居なかったわ。」

アリスの家に帰ってくるなり早苗は衣玖にそう伝えた。と言うのも、衣玖が穣子に用事を思い出して、それで彼女を呼んできてくれないかと頼まれたのだ。

しかし、魔法の森に居ると言っていた彼女の姿はどこにも無く、どこを探しても見つからず、仕方なく帰ってきた。

「…そうですか。おかしいですね…確かに魔法の森に居ると仰っていたのですが。」

今この部屋に居るのは衣玖と早苗と妖夢妖夢もここに来て穣子の姿を見ていないと言う。目撃情報は衣玖より新しいものは現時点で無かった。

「…あたしも。何となく彼女の行動パターンは読めるんだけど…何かあったのかしら。」

と、早苗の何気ない問いかけに答える陰が一つ。

「えぇ、何かあったわよ?」

「ーっ!?」

開けていた窓の向こうに、くすくすと笑う妖怪が上機嫌でこちらを見ている。早苗と妖夢には直接出会ったことは無かったが、衣玖だけは知り合いだったようで。

「貴方はっ!?なぜここに居るのですか!」

「んーちょぉっと可愛い女の子を捕まえてねー。えっとぉ、穣子とか言うんだっけー?こっちで預かっているから衣玖、あんた一人だけでおいで?他の仲間連れてきたらー…そいつら、みーんな、皆殺しにするから。」

「何ですって!?」

それを伝えると、手を振りながら無縁塚の方へと飛んでいく。その姿を迷うことなく、衣玖はすぐに追いかけていった。

その場に残された妖夢は何がなんだか分からなず慌てふためく。完全に話が読めずにいた。

「な、何がどういうことなのでしょうか?え、えっと…あの、」

「落ち着きなさいよ。みっともないわよ?」

冷静さを失っている妖夢を早苗がなだめる。そして、状況を一から説明し始めた。

「まず、おおよそ分かったと思うけれど…穣子がさっきの妖怪にさらわれたわ。」

「…っ!?」

それでは早く助けに行かないと、急いで刀を取りに行こうとする妖夢をやはり早苗は止める。

「最後まで聞きなさいって。で、目的まではっきりと分からないけれど、衣玖さんが絡んでいるのは間違いない。さっきの妖怪、竜宮の使いだわ。」

「…どうして、そこまで知っているのですか?」

「だって、見てきたもの。」

魔法の森を探していたというのは嘘で、本当は探している最中に穣子が知らない妖怪と離しているのを見て、こっそりと尾行していたらしい。

穣子が酷い暴行を受けていたことも知っている。それを聞いて、妖夢は怒りを覚えずにはいられなかった。

「どうして…どうして助けなかったのです!?親友を見殺しにするんですか!?」

「穣子なら大丈夫よ。…それに、今回あたし達が出る幕は無い。衣玖さんが解決しなくちゃいけない問題なのよ。割ってはいる隙間なんてどこにも無いわ。」

これがただの虐めなら問答無用で妖怪退治に強行してやれるのにと、ぼんやり宙を見つめて小さく呟いた。

握り拳が小刻みに震えている。助けには入らなかったが、本当は入りたかった。見て見ぬフリはしたくなかった。そんな気持ちが伝わってくる。

彼女は情に厚い。だから、どうすることが一番その人のためになるか。すぐに理解して、それ以上のことも以下のこともしない。それが彼女の優しさなのである。

「…あぁでも。あたし達ができることがあるわね。…あんた、この後暇?」

にやりと笑ってみせる早苗。妖夢はその笑みの意味が分からず、首を傾げる。あんたはここで待ってなさいと、おもむろに早苗は立ち上がるとそのまま部屋を出て行った。








このままだと話数がえらいことになるので電車の中でも書き書き。
でもそれでも前の秋姉妹ネタには全く敵わない長さwあれの半分くらいなのかな…?

そして。やっぱり犬に暴力シーンは無理でした。誰か書き方教えてorz
次はグロが入る…かもしれないし、入らないかもしれない(え)。
(え)。