ほんのり小話32-4

※けっこうグロい、えげつない表現が含まれてますのでご注意を。


竜宮の使いに案内されるまま、衣玖は無縁塚へと足を踏み入れた。

幽霊や亡霊の姿を見ることは多いが、妖怪の数は全く居ないと言っても過言ではない。人間もここには近づかないし、邪魔が入らない適当な場所だった。

「一個だけ聞いていーい?あんた珍しくあっさり着いてきたじゃん。罠だとか疑いなかったわけー?」

甲高い声で後ろを振り返るも、歩みは止めない。その質問の答えをすぐに返す。声の調子から、少し気が動転していることが伺えた。

「大切な人が危険にさらされているかもしれないのに、行かないわけないでしょう!?」

「あははっ…やっぱりお人よしだねーあんたはっ。甘いなぁ…ほーんと。」

「っ…貴方って人は…っ!」

ケラケラ笑う竜宮の使いに、思わず一つの雷の弾、『雷鼓弾』を放つが、それを軽々と避けると、不意に速度を上げた。…どうやら、他の仲間の元にたどり着いたようだ。

彼女を含めて妖怪は3人。気配を探るもそれ以上の数は感じられないので、これで全員なのだろう。

「どうしたんだい?いつも気取ってるお前らしくないじゃないか?」

「…穣子は…穣子はどこです…!」

質問が耳に入っていないかのように、それだけを尋ねる。よっぽど大切なんだねぇと、その切羽詰った表情を楽しむかのように、あるいは自分の狙い通りと言いたいかのように衣玖をあざ笑いながら見た。

「安心しなさい?ちゃーんと…ここに居るから…」

木陰の後ろに隠れていた幼い子供を掴みあげる。酷く衰弱した様子でぐったりしており、体のあちこちにいくつもの痣ができていた。

本当にあの性格の悪い穣子なのだろうか。そう錯覚してしまうほど、痛々しく見ていられない姿だった。

「……玖…さ…」

薄目を開けて、今にも消え入りそうな声を懸命に絞り出し、どうしてここに来たのと、そう訴えるような眼差しを向ける。

唐突に妖怪が掴んでいる手を離した。もう立つ力も無いのか、そのまま地面に倒れ伏し、小刻みに震えるだけだった。

「っ貴様ぁぁあああっ!!」

怒りに身を任せ、龍魚ドリルを展開させる。凶悪なそのシルエットだけでも充分に相手を威圧できる。音を立てながら、高速で回転し始め、

「いいの?それであたし達を貫く…それがどういうことか、あんた、分かってるでしょう?」

「っ…!」

同じ種族の者を殺すこと。それも、一つの社会が形成されていて、その中の者を殺すということが、どれだけ重罪であるか。

実際に人間同士の間ではたまに起こる。しかし、他の種族ではどうだろうか。

どんな動物も、争いが起きても相手を殺すことはしない。自分の欲のために同種族を殺す。妖怪達で社会を形成する者の間では、それは低脳な人間達のすることだ、私たちはそのような馬鹿げたことはしない。そんな暗黙の了解がある。

それを破ってしまえばどうなるだろう。地位の高いものが、その暗黙のルールを破ったそのときは。

「……やめ…て…衣玖…さん……竜宮…帰れ……くなる…」

「…ほら、あんたの大切な人も言ってる。全く…こいつもとんだお人好しだ。」

穣子も、衣玖も心配しているのは別のところにある。

天界にいられなくなる、そうなればむしろ結果としてはいい方だ。

しかし、犯罪者として、牢に入れられるとしたら。そうなれば、二人は再び会うことはできないだろう。

竜宮の使いたちは純粋に地位を守るため攻撃できないだろうという目論見だったが。それだけの理由なら、衣玖はすでに彼女らを貫いている。

無言で元の羽衣の形に戻す。3人の方をキッと睨み、低い声で尋ねた。

「…何が目的ですか?穣子は関係ないでしょう?私の命ですか?それでしたら…そのような回りくどいやり方ではなく、さっさと私を殺せばいいでしょう!?彼女は…穣子が何をしたというのですか!!」

穣子が何かしたとでも言うのか。

彼女が何か害になるようなことがあるとでも言うのか。

いつもの彼女なら、何が目的なのか、すぐに見いだせただろう。

しかし、そこにあるのは大切な人の弱り果てた姿。判断力を失わせるにはそれが一番効果的だった。

「あぁ…そうだな。目的と言えば、衣玖、あんたの命を貰うことだ。…同士討ちが醜い?ははっ、そんなこと知ったこっちゃない。ただあんたに恨みがはらせればそれでいいんだよ!」

彼女もまた、天界から持ってきていた羽衣をドリル状に展開する。

後はなぶり殺すだけ。そう言って一歩近づく竜宮の使いに、衣玖は身構えることなく、一つの交渉を持ちかけた。

「…私が死ねば…穣子にはそれ以上、手を出さない。これで…済ませていただけませんか?」

突然何を言い出すのかと、穣子は思わず衣玖の正気を疑った。しばらく考え、片方の手の人差し指をわざとらしく顎にあてて考えるそぶりをする。

「…あぁ、それでいいだろう。」

それならば、と覚悟を決めた瞳を向け、抵抗しない意を示すため、その場に座り込む。更に一人が能力を発動させ、衣玖の自由を奪った。

守るとは限らないのに、穣子が助かると聞いただけで自らの命を絶つ。

それを、どうして黙ってみていられようか。

「…待……って…」

重い体を引きずって、衣玖に近づく穣子。ゆっくりと、それでも、龍魚ドリルを展開している竜宮の使いのとなりにまでたどり着いた。

弱々しい声、けれどもそれははっきりと聞き取ることができる。

「……衣玖さんに……手……さないで……」

「…まだ動けたんだ。庇い合いとは…美しいねぇ。思わず反吐が出るよ。」

穣子の方を向き、ドリル状の衣が巻き付いている右手を振りあげる。

「…!穣子には手を出さないと仰ったでは…!」

「あぁ、そうだったな、ごめんごめん悪かったよ。」

再び衣玖の方を睨みつける。にやりと笑った、その刹那、

「…なーんて、言うと思った?」

勢いよく振りおろされた右手は、

「…っ…かはっ……!」

「っ!!」

幼い体を、残酷にも鈍い音を立てて貫通した。

赤い血飛沫が辺りを染めあげる。怖いほど美しい赤色の花が、地面にいくつも咲き乱れた。

「…み…穣子…?」

何が起こったのか分からない。ただ、自分は無事で、目の前にいる少女の体に何かが貫通していて。

信じられないというよりも、信じたくなかった。

ひねくれていても、いつも明るくて。

性格が悪いようでも、心の奥底はとても純粋で。

そんな彼女が…目の前で。

「あっははははっ…!どうだい、自分の目の前で何もできずに大切な人が死んでいく姿を見るのは!」

貫通させただけではなく、更にそれを動かして体をえぐる。組織が押しつぶされ、引きちぎられ、惨い光景が目の前で繰り広げられた。

「うぅ…あ…あぁ…アァァああぁっ…!!」

体を痙攣させ、耐えられない痛みにのたうちまわり、悲痛な叫びが無縁塚に響きわたる。

血反吐を吐き、もがき暴れる。赤黒い液体がこれでもかというくらいに地面に流れた。

「ほらほらー、早く助けないとこの子…死んじゃうよー?」

衣玖が動けないことを知っていての言葉。彼女たちは本当に楽しそうに笑っていた。彼女たちにとって、まるで穣子はただの玩具であるかのように。

「や…ァあぁっ…ゲホッ…がはっ…!!」

血が食堂を逆流し、口から大量の赤い飛沫が飛び散る。尋常ではないその量。それは衣玖のところまでびちゃりと音を立てて染め上げた。

「穣子っ…!…や、やめてください!」

「やめろと言って、やめる奴があるか。ゆっくり、あんたはそこで見ていればいいんだよ…こいつの末路をな!」

何度やめてと声を上げても、彼女の体が壊され、いたぶられ、弄ばれるばかりで。

いっそ殺してくれと言いたくなるような激痛。出来ることは苦しんで、声を上げることだけで。

「ぃ…あ…っ…ァあぁっ…」

「へぇ…意外とまだ耐えられるもんなんだねぇ…けれど、もうそろそろ限界…だろう?」

更に深く突き刺し、肉をえぐる。最早刺さっているところは、どこがどんな内蔵なのか分からない。ぐちゃぐちゃにかき回されていて。

「あぁっ…ァア゛ァ゛あぁぁああァああああぁぁぁぁああぁああああァアあぁあぁああああぁああっ!!」

「や…やめてください…もう…やめて…っ!!」

衣玖の切望の声は彼女達に届かず、右腕をなおも踊らせる。血を吸い、染まった羽衣は、衣玖の持つ緋色の羽衣よりもずっと赤く紅く、冷酷な色を帯びていた。

動きたくても自由が利かない。手を伸ばせば届く距離であるのに。それなのに、何度自分の体に命令してもぴくりとも動いてくれない。

「ァアあぁぁっ…っァ……ィ…ぁ…」

ビクビクと何度も痙攣し、必死にもがいていた穣子の体は徐々に動かなくなり、叫び声も小さくなっていった。
最期に光が消えたくすんだ瞳は衣玖を映し、残った力で左手を彼女に伸ばす。そして、

「……ぃ…く……さ…… …  」

その手は虚空を掴み、その刹那彼女の瞳は閉じられた。

「…嘘…ですよ…ね…穣子…何か…何か言って下さい…っ!」

問いかけに答える声は無かった。染め上げられた衣を体から引き抜き、折り畳んで冷酷に言い放つ。

「…馬鹿だねぇ。衣玖、あんたの命貰うつもりなんて無かったのに。…教えてあげるよ、あたし達は始めからこいつを殺すつもりだった。…目の前で動けなくしてやって、大切なものが壊されていくときの絶望の瞳と言ったら…なんて可愛いんだろうね…」

その言葉と同時に能力を解除させる。しかし、精神的な傷が立ち上がれなくしていた。

小さな声で、静かに尋ねる。

「…では…彼女は…穣子は…たった、それだけの理由で…殆ど理由も無いのに殺されたというのですか…?」

その答えはあまりに軽かった。

「まーねー。強いていうなら、衣玖と関わって、仲良くなっちゃったのが運のつきだったのかもねー。恨みもなけりゃ、仕返しなんてものも無いよ。ま、ぶっちゃけ殆ど理由なんて無いねー。」

やりたいことを終え、満足したように3人の竜宮の使いは帰路につく。その話し声はとても楽しそうに、笑っていた。

ただ、地位の高さを妬んで。

自由に好きな人のところへ行くのに腹を立てて。

楽しくすごしているのに怒りを覚えたから。

たった、それだけの理由で、関係の無い命が葬られて。

私利私欲のためだけに、自分の大切な人が殺された。

それも、自分の目の前で。

苦しんでいたのに、見ていることしかできなくて。

手を伸ばしてくれたのに、その手をとれなくて。

それが無性に悔しくて、憎くて、腹がたって。

「…さない…!!」

唐突に積乱雲が立ちこめる。何事かと振り返ると、そこにはゆっくり立ち上がり、龍魚ドリルを再び展開させる衣玖の姿があった。

高電圧の雷を呼び起こし、特有の大きな音が鳴り響く。その雷を帯びた衣を右手に、強く竜宮の使いたちを睨みつけた。

その形相に、流石に恐怖を覚えた。

「あ、あたし達を殺るというのかい?やってみなよ…そ、そしたらお前は

「構いません…築き上げた地位を捨てても、地上に降りれなくなっても、死罪になったとしても…それでも…私は、私の大切な人を奪った、貴様達を許すことが出来ません!!」

衣に限界まで雷を帯電させる。自然の雷よりも、遙かに高圧の電流が流れる。

彼女達にそれを向け、うなるような声で叫んだ。

「龍魚『龍宮の使い遊泳弾』!!」

辺り一帯が轟音と共に光に包まれる。巨大な雷がいくつも無縁塚に降り注いだ。


音が消え、暗くなる。そこに3人の姿は跡形も無く消えていた。









罪悪感すごいした。苦手なんだもんあーゆーの。ごめんよ穣子…!!
しかし…なんというドリル合戦。
次回終わる…かな?ちょっと微妙。
あと土曜日更新する予定です。その日学校あるんだ…!

え、何で使えないって言われてる『龍宮の使い遊泳弾』にしたかって?
あれ緋想天でコスト5のスペカだから。確か。