3人がどうなったのかは分からない。
もしかしたら雷に打たれて死んだのかもしれないし、発動するより早く逃げたのかもしれない。
衣玖にとって、そんなことどうでもよかった。
相手を殺したところで、報復したところで、
…受け入れなければならない現実が夢になるわけでも無いのだから。
「…穣子っ…!」
激情が収まり、我に返るとすぐに衣玖は穣子の元に走り寄った。
無惨なその姿はとても彼女に似つかわしくない。血に濡れて、冷たくなったその体は改めて現実を突きつける。
座って、そっと壊れないように彼女の体を腕の中に入れた。返ってくる力は無く、ぴくりとも動いてくれなかった。
「…ねぇ…起きて…声が聞こえているのなら返事してください…」
返ってくる言葉がないと知っていても、また声が聞きたかった。
二度と紅の瞳が開かないとしても、また自分の姿をその瞳に映してほしかった。
もう名前を呼んでくれないと分かっていても、また自分の名前を呼んでほしかった。
「…まだ…貴方と一緒にやりたいこと…いっぱいあるのですよ…?それなのに…貴方は…私を置いて行ってしまうのですか…?」
始めは穣子のことがあまり好きでは無かった。というよりも、苦手だったと言った方が正しい。
人をからかい、困っている姿をとても楽しそうに見て、腹黒くて。
何度からかわれたか分からない。けれども、私は彼女の純粋な部分をいくつも知っている。
彼女にはとても無邪気で明るい部分がある。また、本当に困っている人には力になってやる純粋な心があることも知っている。
私は、知れば知るほど貴方のことが好きになった。内心にある貴方の屈託の無い心に触れられたほどに。
やっと、本当の貴方のことが分かった。
貴方のことを、もっともっと知りたい、そう思った。
それなのに。
「…それなのに…こんなの…アリですか…っ…!」
無惨に目の前で殺されて。
それも、大した理由が無いのに。
自分と関わったから。自分が彼女を必然的に巻き込んだから。
…自分が悪いわけではないことくらい、分かってる。相手の利己的な考えのせいだということは、こんな状態でもよく分かってる。
分かっていても。
「…自分を…自分を責めずにはいられないじゃないですか…!」
初めから出会わなければこんなことにはならなかった。
私が彼女の内心を知らないままだったら、このような悲劇を招かなかった。
そう考えると、自分が悪いようにしか思えない。
自分の存在が彼女を殺した。
そう一度思ってしまえば、それはなかなか頭から離れてくれない。
「…穣子…ねぇ…穣子…っ!!」
まだその現実が受け入れられなくて。
それが悪い夢だと思いたくて、何度も何度も呼びかける。
穣子のことだから、唐突に返事をしてくれるのではないか。
そんなあるはずもない期待が捨てきれなくて。
「…お願い…お願いです…目を…目を開けて…!!」
ぽたり、と大粒の涙が頬を伝って穣子の頬に零れ落ちた。
つーっと、彼女の頬をゆっくり伝い、地面に静かに落ちる。
そのとき、確かに声が聞こえた。
「…あった…かい……」
はっと我に返って涙を拭う。穣子の顔を見ると、仄かにと光の戻った紅の瞳が衣玖の姿を映していた。
うっすらと。けれど、はっきりとこちらを見て。
「…ありがとう……あたしの為に…泣いて…くれて……」
震える手が宙をさまよう。先ほどはとれなかったその手を、今度はしっかりと握る。
かすかに返ってくる力がある。弱々しくても、ちゃんと答えてくれる力が。
「…全く…勝手に…殺さないでよね…あたし…神だから…死なないのに…」
苦しいのを我慢して、無理矢理笑顔を作る。大丈夫だから、そう伝えるように。
不規則な呼吸の音。いくら死なないと言っても、傷はかなり深く、すぐには治りそうもない。
でも、再びその瞳は光を取り戻し、自分を映してくれた。
再び聞こえないと思っていた声が、はっきりと自分の耳に届いた。
「…穣子っ…!すごく…すごく心配…したんですよ…!!」
ぎゅっと、穣子を抱きしめる。傷に響くので、とても抱いているようには見えないが。
なおも涙をぼろぼろとこぼす。いつも大人びている衣玖が、今は幼い子供のように思えた。
「…ごめん…思ってたより痛くて…気…失っちゃってた…」
申し訳なさそうに苦笑して見せる。『思ってた』という言葉がひっかかり、衣玖はどういうことかを尋ねた。
彼女が言うには、向こうが自分のことを衣玖の大切な人だと思っていたようだったので、あえて『踊らされる』役を買って出たそうだ。
更に自分が神だということを知らないようだったので余計に好都合だった。肉体がいくら壊されようが、信仰さえあれば何度でも作り直せる。流石に痛いものは痛いが。
「…そしたら…衣玖さん…来ちゃったんだよね…」
本当なら誰も助けに来ず、体を貫かれた状態で衣玖の元に届けられる。
向こうは衣玖を殺すつもりは無いので、そのまま自分を回収してもらって、実は死んだフリでしたっと穏便に解決。
衣玖さんのことだから、罠かもしれないと思って動かないと思ったのに…穣子は思わずため息をついた。
「…早苗は…ちゃんと全部…お見通してくれたのにね…」
「…?早苗が?」
3人の行方のことだと穣子の声。同士討ちを回避するために、衣玖がスペルカードを発動させるよりも早く3人を助けた…というよりも、回収したらしい。
気を失っていたのにどうして分かったのか。目が覚めて早苗がここに来たことに気がついた。微かに彼女の優しい霊力が残っていると説明してくれる。
きっと、今頃は早苗の拷問でも受けているんだろうな。自分の体をこんなのにしたんだ、思う存分にやってもらわないとね。穣子が思わずくすりと笑う。
けれど、対照的に衣玖の表情は険しかった。
「…自分の手で…あいつらに敵…討ちたかった…?でもね…それだと
「そうではありません。ただ…今回は、すべて…というよりも、殆ど貴方の台本通りだったというのですか?」
一呼吸置いて、しばらく考える。
「…まぁ…大体は、ね…ちょっと修正…加えなきゃいけなかった…けど…」
修正と言っても、衣玖さんの目の前で痛い目に遭うだけの修正だったけど。少し狂っちゃったけれど、結果的に目論見通りにはなった。
「…では…初めから…自分の体は無事で済まさないおつもりだったのですね?」
低いトーンで更に穣子に問いかける。そうだよ、と当然のことのように頷いた。
「…っ!!」
その刹那、衣玖は穣子の顔をはたいた。
「った…ちょっと…何するのさ
「馬鹿っ!どうして自分のお体を大事にしないのですか!…本気で…私心配したのですよ…!?貴方が死んだと思ったとき…私…本当にどうしていいか分からなくなったのですよ!?」
「…っ…」
何も言い返せなかった。
ただ、自分がこんなにも大切に思われているとは思ってもいなかった。
死なないし、治るのだから傷ついても構わない。
そう、思っていた。
けれど。
「もっと…もっと私たちを頼ってくださいよ…!もっと自分のこと大切にしてくださいよ…!一人で辛いこと買って出て、心配かけないでくださいよ!貴方が居なくなったら…私…っ!!」
思い返して、自分がどれだけ大切に思ってくれているか分かった。
冷静な彼女が、あそこまで取り乱して。
決して他人を怒らない彼女が、あそこまで怒って。
涙を見せない彼女が、あそこまでボロボロに泣いて。
全部全部、自分を心から想ってくれていたから。
そう分かると、急に胸が熱くなる感覚を覚えた。
「…うん…ごめんね……それから…ありがとう…」
バツが悪そうに笑ってみせる。
信仰とは想いの力だって、何度も口に出したけれど。そっと、貫通していたところを触る。
すでに傷は殆ど閉じていた。
「…反則レベルだよ…これは。」
唐突に睡魔に襲われる。相手の様子を伺い、上手く立ち回っていた。ようやく安心できたのか、緊張していた糸が切れたようだ。
流石に今日は疲れちゃったから。一つ大きなあくびをして、彼女の腕の中で微睡んだ。
あぁ、そんな心配そうな顔しないで。大丈夫、ちょっと力を使っちゃっただけだからさ。
次また目が覚めたら君に出会えるから。
だから、少しだけ今は、お休みなさい…
殆ど台本通りと仰いましたが
少しだけ、貴方は本音を漏らしてしまったと思うのですよ
二つ、私には分かります
私に手を出さないでと仰ってくれました
最初からあの方たちの目論見が分かっているのであれば、そう申し上げる必要なんてありませんでしたよね
それから、気を失う寸前
私の名前を呼び、手を伸ばしたのは
きっと、無意識、だったと思うのですよ
いつもは冷静で優しいのに
今日はあたしのこの有様を見ただけであんなに必死になってくれた
神だから死なない、そんなことも忘れて
必死に君は、あたしを守ろうとしてくれた
あんなに泣いてくれたのは初めてだったよ
純粋に、あたしのことを想ってくれたのが、何よりも嬉しかった
…大切な人、か。
向こうの錯覚だと思っていたけれど。
実際、そうなのかもしれない。
だって。
側に居られる、側に居てくれる。
それだけで、すごく、
からー…
ちょっとむりくりな終わらせ方になっちゃったなぁ…
白文字で無いのでドラッグしても何も出てこないです。つまり、想像ということでw
何はともあれとりあえずこの話はこれで終わりです!お疲れ様でしたー…っていうか、これ早々に穣子の目論見分かってた人は腹を抱えて笑いながら読んだんだろうなぁ…イ・ク・サ・ンwwwとかって。
あと晶霞、君なら4つ目の穣子ちゃんおぶぅあのとこ、むかーし書いたあの小説にシチュ似てると思わないk((
あの…結構ツッコむところの多い話ですが…感想くださi((