ほんのり小話32 後日談

ちょっと書きたくなったんだ。



「ごめんね、呼び出したりしちゃって。」

夕方、氷の湖を歩く影が二つ。早苗と衣玖だった。夜行性の妖怪が騒ぐにはまだ少し早く、遊び好きの妖精が飛び回るには少し遅い時間帯だった。

湖面に反射する光を見ながら、早苗は適当な場所に腰を下ろし、衣玖もそれに続く。

「いえ、大丈夫ですよ。それで…お話とは?」

「大したことじゃないんだけど…穣子、大丈夫だった?」

いくら死なないと思っていても、流石に心配であったらしい。衣玖は申し訳なさそうに答えた。

「…すみません…私が…私のせいで…」

「誰もあんたのせいだとは言ってないわよ。穣子が逃げなかった…というより、ちょっと無茶をやらかしただけ。もっとどうにでもなったって、あたしは思うわ。」

勿論、衣玖を励ます意もある。ただ、それでも早苗は少し気がかりなことがあったのだ。

「…神は死なないって言うけれど。本当は死ぬものなのよね。」

「え…?」

ぽつりと喋った言葉に、衣玖は大きく目を見開く。早苗は傍にあった木の葉を拾い上げ、指でくるくると回しながら説明した。

「信仰がなくなると消滅する。…これはよく言ってるから知ってると思うけれど。神にとっては体ってただの器でしかないのよ。自分の存在をここに固定というか…像って言ったわ分かる?」

「…外の世界では人間は神をイメージするために偶像を作ると聞きます。それに近いようなものなのでしょうか?」

「…んー…あれは人間の創造物だからねぇ…ま、難しいこと考えなくても、動き回るための媒介、それでいいか。」

えらく端的になりましたねと、思わず苦笑する。しょうがない、上手く説明できないのよと、早苗も苦笑を漏らして話を続けた。

「で、その入れ物なんだけど。それは神の力で作られてるの。つまり、それが壊れたら修復の為に力を使う。力は信仰の力。だから…」

「自分の力以上に体を壊されると、力を使い果たして消滅してしまう、と?」

そういうことよ、と理解が早くて楽だわと首を縦に振る。それでも、人間達がまた信仰して、器を作ることができたならまた復活するらしい。

しかし、それは意外と難しいと言う。

「力を失うのだから、当然その間は恩恵を与えることなんて出来ない。巫女がいるのなら信仰は集まるでしょうけど…神社も建てない野良神様なら、そのまま忘れ去られることが多いのよね。」

忘れられる、神にとってはそれが死へと繋がる。神は偉大だと人間は崇めるが、実際は一人では生きていけない、軟弱な生き物。人の力無しに、存在を保つことは出来ないのだ。

「…それは…かなり穣子は危なかったのでは…」

「えぇ…正直、話は聞いたけど、衣玖さんが居なかったら…」

その先はあえて言わなかった。自分が居るからどうにでもなるといえばなるのだが、彼女自身の力だけだとなると、傷を塞ぐのに一体どれほどの時間がかかっただろうか。

だから。早苗はとても気がかりになっていた。

「…生まれたときは人間だったあたしや、妖怪の衣玖さんは死ぬって感覚があるでしょ?でも、穣子は生まれながらの神様だから、そんな感覚がないのよ。…けれど、それは同時にとても怖いことだと思う。死への恐怖が無いってことは、生への執着も無いってことなのよ。」

「…っ」

もちろん本人にそんなつもりは微塵も無いだろう。ただ、多少の無茶は大丈夫、体はただの器だから傷ついても大丈夫、そんな感覚に間違いはない。

けれど、それは同時にとても怖いこと。

「…あたしね。もう自分では教えられないわ。人間の体で神の体となった今じゃあ、早苗も同じなのにっていうので全部片付けられるわ。」

でも、衣玖さんならと、軽く肩を叩く。人間よりも遥かに長生きするけれど、いつかその終わりはある。信仰さえあれば永遠の自分達とは違うから。

伝えたいことを伝えると、早苗は立ち上がり、帰りましょと振り返る。夕焼けがとても赤く、綺麗な紅に輝いていた。








神ってポジションが便利すぎて。
『永遠』も書ければ『終わり』も書ける。この神がかったポジション流石神…!