みのいく過去話 3

そろそろ真面目にシリアスになってくる頃かな。





「…はぁ…少し、休んでくれば良かったかもしれませんね…」

荒い息をあげ、衣玖は氷の湖のほとり近くの森で座り込んでいた。

そこには妖怪もたくさん居て、襲われる心配もあったが今はそれどことではない。

今朝起きたときはどうってことは無かった。しかし、天界から降りてきて、しばらく過ごしていると急に頭が痛くなり始め、何かがこみ上げてくるような不快感を覚えた。皆の前では平気な様子を振る舞えたものの、今ではふらついてとても立てたものではない。

自分の頬に手を当てる。手も十分に熱かったが、頬の熱は更に酷い。風邪かと思ったが、主な症状の喉の痛みや咳などは見られない。

ただの熱病だろうか。天界に帰ろうとしても、頭痛が酷くて上手く飛べない。ここから皆のところへ戻ろうとしても、立ち上がる力が残っていない。

それに、極力仲間には頼りたくなかった。心配されるというのが何となく嫌だった。
迷惑をかけたくない、それと同時にもう一つある確かな思い。

忘れたわけではない、否、忘れるはずがない。自分は嫌われ者で、皆から手を差し伸べられる価値の無い妖怪。故に、自分の弱いところを見せ、仲間がそれをかばう。それに慣れること、それにすがりついてしまうようになるのが怖かった。

自分自身で何事も完結させたい。人間からの恨みの念も、自分の弱さも。他人の手を借りる、それがどれだけ怖いか。

ぼんやり、空を見上げてそんなことを考える。ため息をつくと、その吐息はとても熱かった。

「…あぁ…そういえば…人間の里に、伝えに行かなくてはならないことがありましたね…」

地震ではないが、ある意味災いのようなもの。感づいている者は多いだろうが、今年の夏の異常気象を伝えに行かなくてはならなかった。

地震のときのような酷い仕打ちは受けないだろうが、それでもある程度の覚悟は必要だろう。…まぁ、動けないからそれ以前の問題である。

無理に立ち上がろうとするが、上手く体に力が入らず、やはりへたりこんでしまう。夏の暑さではない、別の要因の汗が頬を伝った。

その刹那。

「あはっ、居た居た、今日のごはんだー!」

「…っ!」

後ろを振り返ると、そこには見慣れない二人の鳥の妖怪が居た。姉妹なのだろうか、髪の毛や羽、目の色が全く同じだった。

「こらこら、そうはしゃがないの。…ま、相手は相当弱っているようだし、こっちが返り討ちにされることはないと思うけれど。」

口振りから、あまり強い妖怪ではなさそうだ。こちらがスペルカードの一つでも発動させてやれば、簡単に勝てる相手だろう。

しかし、そうしようにも頭痛が酷く、上手く発動させることができない。得意の雷も、今はただパリパリと腕に弱い電気が伝うだけだった。

「おねーちゃん、こいつ食べる?食べる?」

「えぇ…暑さで弱る輩が多いといいわね、襲うのに何にも困らないのだもの。」

「…!」

睨み返すことしかできない衣玖に、二人の妖怪が近づいてくる。逃げようにも逃げられない状況だった。

背の高い方の妖怪の腕が衣玖の首を掴み、乱暴に締めあげる。抵抗することができず、ただ苦しみの声をあげるだけだった。

「…っ…が……ぁ、…!」

「ごめんなさいね、汚い手とは思うけれど…こうでもしないと、弱い妖怪ってのは生きていけないものでね。」

妖怪の中ではまだ誠実な方なのだろう。自分の行為が卑劣なものだと知り、素直に己の弱さを認める。

自分が死にそうな状況下でも、そんなことを考える自分がいる。自分より弱い者に殺されようとしている。それを何故か、すんなり受け入れようとしている自分がいて、思わずそれが怖くなった。

「っ…っ…!」

「それじゃ悪いけれど…死んでね?」

段々意識が遠のく。次第にもがく体の動きの動きが曖昧なものになり、視界もぼやけてきた。

自分が意識を手放すほんの一瞬、知っているような声が聞こえた気がしたが、誰だと考えるより早く、衣玖の意識はそこで途絶えた。




「秋符『秋の空と乙女の心』!」

あらぬ方向から弾幕が飛んでくる。回避することができず、直撃してしまう。

思わず手を離してしまい、衣玖がその場に倒れる。すでに意識は無く、ぐったりと目を閉じたままだった。

「…っ誰!」

「さぁーねー、当ててごらん?」

トッと空から軽い音を立てて幼い少女、穣子が降り立つ。にっこりと、けれども怖い笑みをその顔に湛えていた。

勿論二人が自分のことを知っているはずなどない。しかし、自分が食べようとしていた者の関係者だということはすぐに理解した。

「…お前、妖怪か。」

「んー…ま、見方によっちゃあ妖怪かもね。あたしは、まだそうじゃないって思ってるけれど。」

様子を伺う限り、小さい方はともかく、背の高い方はかなり賢い妖怪らしい。自分の技量がどれほどのものかを把握し、不用意に攻撃をしてこない。そう判断すると、逆に好都合といったように、にやりを笑って提案を持ちかけた。

「…さてと。今ならその人に手を出したこと許してあげる。代わりに君たちにとってのその食料、あたしに渡して。あたしは穏便にことをつけたいって思ってるし、君もそう思ってる…でしょ?」

「はぁっ!?誰があんたなんかに

「やめなさい!」

攻撃しようとする小さな妖怪を、大きな妖怪は止める。ちらりと衣玖の方を見てから、悔しそうに穣子に告げた。

「…分かった。こいつは渡すわ。」

「お姉ちゃんっ!?」

「ここのところ食料の確保はできている。…一人手放して、自分たちの命が助かるならそっちの方がいいわ。」

いきなりの攻撃、威圧的な態度、高密度な弾幕。相手の方がきっと強い。それが、鳥の妖怪の姉の判断だった。

あっさり帰る姉に対し、妹の方は穣子を睨み、チッと舌打ちをしてから帰っていった。二人の姿が完全に見えなくなると、穣子は大きく深呼吸をし、思わず胸をなで下ろした。

「やれやれ、強い妖怪のフリをするのも疲れるよ。」

確かにあの妖怪より自分は強かった。しかし、二人がかりで攻撃してこられると流石に太刀打ちできない。それ故、初めから自分が出せる中で最も高密度の弾幕を打ち込み、余裕をかますことで相手に強い妖怪だと思いこませる。自分の正体を簡単に明かさず、曖昧に答えたのもそのためだ。

ただ、自分の技量を知らず、無鉄砲に突っ込んでくる輩には逆効果である。あれは姉妖怪の方が賢かったから助かったようなものだ。

「…力の無い妖怪…姉妹…ね。ははっ、すっごくどこかで見たことがあるよ。」

力無く笑う。その声はどこか切なさを帯びていて。

けれども、すぐにそれはなくなる。他に誰もいないことを確認すると、駆け足で衣玖に近づき、安否を確認した。

「…良かった、息してる。」

それが分かると、彼女の体に手を回し、抱きあげる。正直かなり辛かったが、そう言ってはいられない。

子供が大人を抱きかかえる。普通なら考えられないが、穣子は神であるため、本気を出せば何とかそのくらいの力は出る。といっても、霊力を使っての力なので、限界が来れば当然持ち上げられなくなる。

特に、穣子のような小さい神様は限界が来るのが早い。無駄に力を使い果たすと、自分の存在にも影響が出てしまう。

「…全く、強がっちゃって。こんな状態で出歩くなんてどうかしてるよ。」

体が熱い。やっぱり隠していたね、これは。

穣子は彼女が弱っている原因も、病名もすでに気がついていた。どうしてそれを黙っていたかも何となく分かっている。

だからこそ、馬鹿らしいと思った。一つため息をつくと、ゆっくりと歩を進めた。目指したのはルナサたちのところではなく、ここからかなり近い、氷の湖だった。







補足。あそこで穣子が『妖怪』と言われて否定しなかったのには理由が二つあります。
一つはあそこで言った通り、自分の正体を明かさないため。
もう一つは、信仰の無い神は妖怪に近いものだから(東方求聞口授より)。
まぁ、うちの神の設定と、あそこの神の設定は結構違うところ多いですが。でも人間に利益をもたらさず、人間とは違い特別な能力を持ったもの。そう考えると、確かに神も妖怪も似たようなものだなぁ…
…あれそれみのいくの新たなフラg((