みのいく過去話 4

今週で終わらすべきだよなーっと思って、3つに分ける予定だったものが2つになりました。…そのせいで結構中途半端なところで一回切れます。



「……ぅ……ん…」

どのくらい時間が経っただろう。日が沈み始めた頃、ようやく衣玖は目を覚ました。
まだ頭は酷く痛み、不快感は収まっていない。体も重たく、動くことはできそうになかった。

意識を失う前に何があったかを思い出す。ぼんやりした頭の回転は遅く、どうして意識を失ったのかを思い出すのに数秒かかった。

「…そうです…私…鳥の妖怪に襲われて…」

首を絞められ、殺されたはずではと思うが、こうして生きている。どうしてと悩んでいると、寝転がっている衣玖の顔を上からのぞき込むように、穣子が彼女の視界の中に現れた。

「や、おはよ。よく寝てたじゃん、森の眠り姫様?」

「…穣子…?」

けらけら笑う彼女は衣玖の額に置かれていたタオルを取り、持っていた桶の中に入れる。中には氷水が入っていて、カランと氷のぶつかる音が涼しげに鳴り響いた。
水をしみこませ、軽くしぼって再び衣玖の額の上へと戻す。

「…貴方が…助けてくれたのですか…?」

「ん、何のこと?」

衣玖の質問に、穣子はきょとんとした様子で答える。まるで、自分が殺されかけていたことを知らないかのように。

彼女では無いのかと思ったが、意識を失う前に聞いた声、それは確かに穣子のものだったと今なら分かった。何故そのような嘘を付くのかと尋ねようとしたが、その理由が直感的に分かった。

それは、彼女なりの気遣いだった。自分より格下の者にいいようにやられ、自分より格下の者に助けられる。いくら調子が悪かったとはいえ、弱い者に殺されかけた挙げ句、それを助けられたとなると自分のプライドが許せない。そう、彼女は考えたのだろう。
だから、自分は偶然倒れてる姿を見かけただけで、その前に何があったかは知らない。そう装ったのだ。合点がつき、その彼女なりの優しさに気が付いたので、それ以上何も尋ねないことにした。

「…ありがとうございます。」

「…あぁ、介抱したこと?それを言うなら、それを治してからにしてよね。」

まだ調子悪いんだから、と再び笑う。これも知らないフリか、的外れなことを返した。

…しかし、穣子とは腹黒くて仲間の不幸を楽しむ、そんな神様では無かっただろうか。
それが自分を助け、世話を焼き、更には細かな気遣いまでする。自分の知っている穣子で、こんな一面を今まで見たことがあっただろうか。

「…あ…そういえば…何故、私が病気だと分かったのです…?」

ふと思いだし、尋ねる。たった一回、ルナサの家ですれ違っただけなのに、それだけで彼女は自分が何らかの病気だということに気が付いた。

それも他の仲間は気が付かず、気配り上手な屠自古やルナサでさえそうだった。それが何となく不思議で仕方がなかった。

「んー…まず、そしたらその病名から言っておく必要があるね。」

衣玖の側に腰を下ろす。夕焼けに光る湖面を見つめながら、彼女はゆっくりと話し始めた。

「気づいてなかったと思うけど。それ、熱射病だよ。」

「…熱射病…?…風邪では無かったのですね…」

ろくに水分取ってなかったでしょと、彼女のとげのある一言。それを言われてしまうとぐうの音も出ない。

しかし、どうしてそこまで分かったのか。症状等は一切伝えていないのに。それもちゃんと説明してくれた。

「まず、合ったときに平気そうにしてた時点で怪しいと思った。人間や仙人が普通にバテてる中で、天界っていうあの涼しい中で暮らしてる衣玖さんが弱らないはずがない。半分幽霊で人間ほど熱を感じない妖夢ですら、最近冥界で引きこもってるっていうのにさ。」

天界は遙か上空にあるため、ここより気温はかなり低い。というよりも、季節の影響を受けること事態がまずない。そう考えると、確かに彼女は正論だった。

「それで、一応確信に持っていくために鎌を掛けたんだ。それではっきり分かった。」

「…鎌…ですか?」

「うん。衣玖さん、あたしが何の脈絡も無しに大丈夫か尋ねたときに、大丈夫だって答えたよね。もし体調が悪くない人なら『えっ何で?顔色悪い?』とかってリアクション返すでしょ?それで、無理してるって分かったの。」

あぁ、そういえば言ってしまった。隠すことに気を張りすぎて、そこが完全に盲点となっていた。自分の過ちに気が付き、衣玖は思わず熱い吐息を吐いた。

全く、この幼い神様には敵わない。どれだけ事実を隠そうとも、そのわずかな隙間を見つけ、のぞき込んでくる。どうして彼女はこうも、他人の隠し事をすぐに見破ることができるのか。

考えようとしても、頭が痛く、ロクに思考回路が働かない。ぼんやり虚空を見つめていると、穣子が口を開いた。

「…ひとまず、このくらいでいいかな。また聞きたいことがあったら、明日にでも聞くよ。妖怪だから回復力は高いでしょ。きっと明日には元気になってるよ。」

だから、今はおやすみと、再び塗れタオルを交換する。余程自分の体が熱くなっているのか、それはすぐに熱をため込んでしまっていた。

「…あの。」

ただ、衣玖の心の中に、穣子の行動にはどうしても引っかかるものがあった。
それは、誰かに頼ってしまっている自分がいる。助けを借りたくないと言っていたのに、こうもあっさり借りてしまっている。そんな自分に気が付き、思わず彼女を突き放そうとした。

「…もう…私のことは…構わないでくれませんか…?」

「ん、何で?」

「…これ以上…迷惑をかけたく…ないですから…」

誰かの温かさに慣れるのが怖くて。自分には優しくされる価値など無いと思って。

迷惑をかけたくない。勿論、その意味も含まれている。しかしそれは主な理由ではない。

それを聞いて、穣子は一つあからさまなため息を付いて、後頭部を掻く。怪訝そうな表情で、非難の念を浴びせながら一言。

「それが迷惑。」

「…?…何故、ですか?」

「全く…ちーっとも分かってないんだから…そうやって無理をして、仲間を心配させる方が迷惑なんだって。他の仲間に無駄に気を使わせて、君はそれで満足?」

「…それは…」

反論ができなかった。全く持ってその通りだと認めざるを得なかった。

何かしら言葉を返そうとするも、上手い言葉が見つからない。いっそ本当の理由を話すか、いやそれはだめだ。あんなこと…言えるはずがない。

言葉に困っていると、だから今は治すことだけを考えてと、優しい言葉を投げかけられる。否定することができず、けれども肯定することもできずに、やはり少し突き放すような言葉になってしまった。

「えぇ…では…お言葉に甘えさせていただきます…貴方も、早くお家へ帰ってくださいね…」

「ん、分かったよ。大丈夫、無理して看病するほどあたしはお人好しじゃないから。」

その言葉に思わず苦笑する。しかし、これ以上自分に関わらないと思うと、どこか安心するのを覚えた。

そして、衣玖は再び眠りにつく。泥の深くに沈むかのような、深い眠りに。

規則正しい寝息が聞こえるようになると、穣子はその場から立ち上がり、西の空を見上げる。太陽は完全に沈み、夕焼けの色もかなり夜の色へと変わっていた。

「…さてと。本番はこれから、だね。」

大きく深呼吸をして、近くの森の方向にくるりと向きを正す。じっと、森の深い闇を少女は見つめていた。


  ・
  ・
夜が明け、太陽が登り始める。それは今日も暑い日が来ることの知らせ。それでも、霧の湖の気温はそれほど高くなかった。

湖面に日光が乱反射し、その眩しさに衣玖は目を覚ます。昨日の頭痛や不快感はもうすっかり治っていて、今すぐにも動くことができた。

辺りを見回し、穣子がいないことを確認する。流石に帰ったらしい、そう確信するとほっと胸をなで下ろした。

しかし、その刹那、昨日ですっかり聞きなれた彼女の声が聞こえた。

「おはよ。もう気分は良くなった?」

明るい声。だが、その姿を見て思わず衣玖はぎょっとした。

彼女は泥まみれで、服はあちこちが裂け、肌には生傷が目立った。少しふらついていて、見ている自分が心配になった。

所々に出血した跡もある。今は止まっているようだが、拭った様子が無いため、恐らく本人は気がついていない。

「あ、貴方…一体何をしていたというのです!?」

衣玖の形相を見て、ようやく自分の状態に気が付いたのか、手足や服をまじまじと見る。あぁ、意外とやられちゃってたんだねと、思わず苦笑を漏らした。

「いやぁ真夜中の妖怪狩りっていうの?ちょっとはりきりすぎちゃったみたいでさー。まぁ、あれだね、無茶するもんじゃないね。」

相変わらずケラケラと笑う。その表情に辛い様子は全くなかった。

一体何をしでかしたのか。それは案外早く気が付くことになった。森の少し入ったところで、木に大きな傷がつき、更にいくつか倒れている光景がある。それで、衣玖は確信した。

「…真夜中中、ずっと私を守るために…他の妖怪に再び襲われないように…妖怪を見張り、戦っていたのですか?」

その質問に少し悩んだ後、首を横に振る。先ほどの言葉からも、そのことは嘘だとすぐに分かった。

これ以上関わるなと言ったのに、結局最後まで彼女は面倒を見ていた。そのことが頭にきて、思わず強く非難するような口調で言葉を投げかけた。

「嘘をつくのもいい加減にしてください!言ったでしょう、これ以上関わらないでと!何故そこまで…貴方は私に優しくするのですか!」

逆ギレだということは分かっている。むしろ、彼女の親切は嬉しかった。

けれど、逆にその親切に慣れるのが怖くて。何も悪くないのに、彼女を怒鳴りつけてしまった。

それでも平然とした顔で、

「誰が君の為だって言った?これはあたし自身の為。別に君を助ける気で妖怪たちを相手してたわけじゃない。ただ、衣玖さんが傷つくのがあたしは嫌で、それで妖怪を相手していた。それだけだよ?」

何で怒るのか理由が分からないと言いたげに…いや、はぐらかしていることくらい分かる。相変わらずの笑みを浮かべ、じっと衣玖を見つめた。

何も言い返せないでいると、急に話をふってくる。それも、先ほどとは違い、真剣な表情で。

「…ね。何でそんなに人を拒むの。そんなにあたしたちのこと嫌い?」

「そんなわけないですよ!私は…ルナサや皆さんにいっぱい救われました。そんな方々を嫌うことなど…」

じゃあ、どうして?彼女は更に深く尋ねてくる。それは、と、これ以上言葉が紡げなかった。

怖いから。人の温かさに慣れるのが怖いから。そんなこと言えるはずがない。黙っていると、穣子は衣玖の隣に腰を降ろし、足を伸ばして座った。

「…言いにくい?それじゃ、いいや。そしたら、もう一つ伝え忘れてたこと今言っておくね。」

それは、今までの脈絡から大きくそれたこと。それも、誰にも話していないはずのことだった。








明日でラスト!中途半端に切っちゃって申し訳ない!