みのいく過去話 5

よぉっしラストォ!






「…異常気象、ちゃんと人間の里に伝えといたから、安心していいよ。」

「…っ!?何故、それを…!?」

「んー…何となく?こればっかりは大した理由ない。もし伝えないんだったらごめんね?」

そう言って申し訳なさそうに笑う。それもあるが、そうではなくて、もう一つ。

「…貴方は…私が人間たちに龍の言葉を伝えていることを知っているのですか?」

ずっと隠していた。このことを知っているのはルナサだけのはず。それなのに、どうして。

その質問に、彼女はすんなりと答えた。

「当たり前だよ。あたし豊穣の神だから、人間たちと関わり強くて…って、言いたいところなんだけどね。」

言いにくそうに、少し言葉を詰まらせる。滅多に見ない、悲しさを帯びたその表情に、思わず衣玖も戸惑いを覚えた。

しかし、その表情もすぐに隠れる。相変わらず、表情を隠すことが上手い。

「…何でもない。知ってたのはずっと昔から。人間と関わりがあって、それで知ってたの。」

「…そう、でしたか。」

それはつまり、自分がどういう扱いを受けているか、当然知っているはずだ。人々に石を投げられ、疫病神と呼ばれている自分のことを。

そう思った瞬間、少しだけ体が震えていることに気がついた。彼女もまた、彼らたちのように自分を憎み、恨んでいるのではないかと。

その刹那、彼女の口からぽつりと、こんな言葉が呟かれた。

「…ごめんね。」

「…?」

どうして突然謝るのか。虚空を眺めながら、ゆっくりと話してくれた。

「…知ってた、から。衣玖さんがどんな目に遭ってるか…だから、ごめんね…」

人間たちの暴虐を止められなくて。

今にも消えそうな小さな声。ひねくれ者には似合わない、心からの謝罪の言葉。

「そっ、そんな…!貴方が謝る必要なんてありませんよ!」

「…見て見ぬフリしか出来なかったから。あたし…結局、何も出来なかったから。」

そのような言葉をかけてくれた人があの中では貴方が初めて。

そう、言葉をかけようとして、何か忘れていることに気がついた。

果たして、穣子が初めてだっただろうか…いや、違う。人間の群衆の中に確かに、もう一人、誰か一度だけ、止めようとしてくれたことがある。

それがいつだったか。必死に思いだそうとする。

「…居た…一人だけ…一度だけ、だけど…確かに人間たちの暴虐を止めようとしてくださった方が…」

「…ルナサじゃなくて?」

「はい…確かに、あの人間たちの中に居たのです…」

「……」

しばらく考える素振りを見せ、小声で話す。

「……10年前。小さな地震だったけれど、注意するように言いに来て、降りてくる姿が人間たちに見られていて、それで彼らが本気で殺そうとしてきた。」

「…!!」

「何人もの人間がそれぞれに凶器となるものを持って、自分を取り囲んで…そのとき、一人の女の子が止めに入ろうとした。しかし、人間は聞く耳を持たず、その女の子を

「…やめてっ!」

悲痛な叫びを聞き、穣子は話すのをやめる。なぜ忘れていたのか、いや、忘れたのか。鮮明に思い出してしまったから。

それは、人と関わることが本当に怖くなった一つの要因。ずっと記憶の奥底に隠していた、思い出したくない真実。

…だから、忘れた。それが、一つのトラウマとなってしまったから。

人は本気でトラウマとなるような体験をすると、そのときの記憶を思い出さないように深くに封じ込める。それは開けてはいけない、パンドラの箱のようなもの。

防衛本能。それが一番正しいだろう。己を守るために己に害となる記憶を消してしまう。何とも悲しい話だが。

カタカタと震え、過呼吸に陥る。そんな彼女を後目に、穣子は尋ねた。

「…人と関わるのが本気で嫌になったの、それででしょ?自分のせいで、関係のない少女が…。だから、また自分の存在のせいで誰かが傷つくのが嫌。そんなところでしょ?」

「そんなところって…貴方、簡単に言いますけれど…貴方に何がわかるのですか!あの子は…あの子は私のせいで…!それを目の前にした私の気持ちなんて…!!」

酷い暴力を受け、自分の目の前で静かに目を閉じて動かなくなった。

それでも、その少女は最期まで自分を見つめ、そして笑顔を向けていた。

全く互いに顔を合わせたこともない、初対面同然だったのに。それでも彼女は、最期まで自分のことを守ってくれた。

自分の無力さと同時に、関係のない者が自分のせいで傷つく怖さ。それに気がついてしまうと、自分がどうにかなってしまいそうだった。

「…分からないよ。そんな目に遭ったことなんて無いから…だけど、全部が全部、分からないわけじゃない。

自分が無力なせいで、誰かが傷つけれらていても見て見ぬフリしか出来ない。止めようとしても、力が無いばかりに止めることができない。…あたし、神様なのにね。」

人間から偉大な存在として慕われる神。威厳があって、信仰され、奉られる。

しかし、それじゃあ自分は?と、問いただしたくなる。たった一人守れやしない、ただの無力な神。そんな神を神と呼べるのか。

無力な神に信仰など集まらない。そうなれば、後はただ、自分の存在が消えるのを待つのみ。

「…真実を受け入れるってのはすごく難しいことだと思う。だけど、それを拒んで、忘れちゃだめだよ。必死な想いを真っ向から否定することになっちゃう…」

忘れられることは、何よりも悲しいから。

最後の言葉が心に重くのしかかった。自分が逃げてばかりで全く彼女の想いを受け取っていなかったのと同時に、穣子もまた、その言葉に重い意味があった。

神である彼女にとって、忘れられることは自分の存在が消えること。それもあるが、それ以上に彼女は忘れられることを悲しいこととしている。

「…あの。」

「ん?」

「…あの女の子は…私のこと、向こうで恨んでいるでしょうか…」

俯いているので表情はよく分からない。それでも、今にも泣きそうだというのが声で分かった。

震える彼女をぎゅっと抱きしめる。その震えを、恐怖を包み込んで消してしまうかのように、強く抱きしめた。

「…代弁することしか出来ないけれど。最後までその子は笑顔だったんでしょ?そしたら…恨むわけないと思うよ。ただ、彼女は衣玖さんに一言、こう言いたかっただけだと思う。」


いつも、人間たちの為に災いが来ることを教えてくれてありがとう。


一瞬、その女の子が話したような錯覚を覚える。もう居ない、分かっていても一瞬だけ、あの子が抱きしめているかのように思えた。

顔を完全に隠す。返す言葉は思いつかなくて。

ただ黙って、心の中で謝罪と感謝の言葉を並べた。

そんな自分を、穣子は静かに、優しく包んでくれた。


ごめんなさい。それから…ありがとう。

こんな…愛される価値の無い妖怪の為に…


  ・
  ・
帰り道、自分の弱さをさらけ出したせいか、気まずそうに衣玖は穣子から距離をおいていた。

それを察して、穣子も必要以上に近づこうとはしない。特に何も話さず、一定の距離を保って二人は森を歩いていた。

相変わらず今日も暑い。穣子を送った後、衣玖は真っ直ぐ天界に帰る。異常気象が収まるまでは、下手に下に降りてこないと約束して。

「…ありがと、もうすぐ着くから、ここまででいいよ。」

「そうですか?…分かりました。」

にっこり笑ってお礼を言う。対する衣玖の表情はまだ少し暗い。その様子に、穣子は小さくため息をついた。

「…あの…先ほどのことなのですが…皆さんには黙っていていただけませんか…?」

「…あぁ、人間に災いを伝えてること?」

「それもありますが…その…」

言いにくそうに口ごもる。勿論穣子には何がいいたいかちゃんと分かっていた。

ぽんっと肩に手を置く。思わず肩を震わたが、じっと紅の瞳を見つめる。

「…分かってるよ。でも、いつか…そのこと、皆に伝えよ?今すぐにとは言わないからさ。そのときまで、あたしと衣玖さん、二人だけの秘密。

大丈夫…そのときは、背中押してあげるから。立ち止まったら、また歩き出すの待っててあげるから。怖くなったら、その手を握ってあげるから。だから…決して、独りだって、思わないで。」

ねっと、最後は明るい、純粋な笑みで軽く肩を叩く。身長差を少しでも埋めるため、精一杯背伸びをして。

くるりと向きを変え、帰路を歩んでいく。その後ろ姿をしばらく見つめていた。

「…穣子…」

ぽつり、不意にそう呟いた刹那、


…胸に、針が刺さったような痛みがしたのに気がついた。








おつかれっしたっ!大体この話32KBくらいでっす!こないだの穣子ちゃんラチ問題よりちょぉっとだけ長い話だね!
因みにこれ、秋姉妹話(小話30)と色々なところでつながってます。そっち読んだことある人はこの話結構読みやすかったんじゃないかな。読んだこと無い人はそっちも読んでくれると嬉しいです。またそのうちあれから二日後の話とか書くから(え)。

今回のこの話の出来は決してよくないかな。盛り上がるところ盛り上がってないし。平坦に終わっちゃったのがちょっとなーって、思ってる。
なにはともあれ、感想下さi((

もしかしたら土曜日のお昼くらいに後書き更新する…かも。