ほんのり小話 51 上

バレンタイデッキィッス!!




「…やはり、失敗してしまいましたね。」

バレンタイン前日…いや、もう当日である。夜中にそう言って、衣玖は小さな小箱を持ち上げた。その中には自分の作ったチョコレートを入れてある。しかし、それは今まで作った中でも比較的マシなものなだけで、不味いものは不味い。

「困りました。ルナサには雷鼓と一緒に作ったものがあるのですが…流石に、本命を誰かと一緒に作ったものは何となく失礼です。」

誰かと。その誰かとは、果たしてどんな仲なのか。自分よりもずっと良好な関係にあるのではないだろうか。そんな疑念を少なくとも与えると思い、衣玖はずっと本命チョコを毎年送れずにいた。

勿論相手は穣子。彼女はとても味覚が優れているので(きっと焼き芋を作っている内に強化されたのだろう)、誰かと一緒に作ってはすぐにバレてしまう…もとより、元々下手な者が急に上手くなったことに疑問を抱かない者などいない。

一つため息をつき、その部屋を後にする。諦めて寝ることを決め、玄関から外に出て行った。明日は恐らく雪になるので、雷鼓はアリスの家に預けてもらっている。

と、その入れ違いになるかのように、穣子がその部屋にやってきた。

「衣玖さん居たから作れなかったけれど、これでやっと作れるよ。さてと、今年は…ん?」

明らかに分かる位置にあったそれを、穣子はひょいと手に取る。中身を確認に、それを分からないように戻してから、ははんと口端をつりあげて笑った。

本命チョコだ。多分、衣玖さんの作った、不味いけれど気持ちのこもった。きっと、本人は渡さないつもりなんだろうな。しかし、それでは面白くない。

「あはは、渡してやろっと。もったいないし、本人は忘れてるみたいだから好都合!」

ほとんどその気持ちはからかいから来ているのだろうが、彼女は勘違いしていた。

それは穣子宛てだということを。

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「というわけで、ちょっと衣玖さんの本命チョコを渡してこようと思う。」

次の日の朝…というには少し遅い時間、早苗の前でそうけらけら笑う穣子。早苗は何を言っているのか分からず、はぁ?といった顔をしている。

「…誰に。」

「ほら、衣玖さんの想い人と言ったら決まってんじゃん。早苗も分かるでしょ?」

「いや、うん。分かるけど。分かるけど…は?」

ディスプレイの前の皆さんは分かっているだろう。早苗は、衣玖さんの本命が穣子のことで、他の誰だということが分かっていないということに。

誰か勘違いするような人が居たかしら、と早苗はじっと考える。もしもするとしたら…最近何だかんだで仲のいいらっこさん?

と、納得はしないが、それ以外考えられないのでそのまま話を聞いた。

「ってことで、ちょっと出てくるね。すぐに戻ると思うから。」

「ん、行ってらっさい。」

そう言って、手を振って穣子を送り出す。もし本当に雷鼓さん宛てとすれば、これはあまりにも衣玖の奥手さを指差して笑うことになりそうだ。

「あ、そういえば、みのりんにチョコレート渡すの、あんな話されるから忘れちゃったじゃないの。」

と、思わず苦笑したところに、外からこれまたすれ違いになるかのように衣玖さんが入ってきた。

その手には、一つの箱が収められていた。先ほど穣子が持っていたものよりも、大きさは大きい。

もしかして、と早苗は何か思いつく。

「すみません、ここにこれよりも小さな箱を置いていたのを思い出して…それで、その行方を知りませんか?」

「そうね…んー…見てないわ。」

そうですか、と意外と気にしていないのか、落ち込む様子は無い。その様子を見て、早苗は一つの確信に至った。

成る程、その様子からして、あれは本命ではない。ということは、やはり雷鼓宛てで正しいのだろう。で、こっちが本命になるのだけれど、そのお相手は今ここには居ない。居たとしても、きっと恥ずかしがって渡せやしない。

そう結論に至った彼女は、一つ提案をした。

「そのチョコレート、渡しておいてあげるわ。」

「え、いいのですか?ありがとうございます、実はバレンタインだというのに少し用事が出来てしまって…それで、天界に帰らなくてはいけなくなったのです。」

なんて、きっと言い訳ね。と早苗はにやりと笑う。その様子を見た衣玖は少し疑問に思ったが、特に気にすることなくそのままそのチョコレートを預けることにした。

その後、衣玖は二階の方に、雷鼓に声を掛けにに行ったが、それは単純に取りに行くものがあったからと思う早苗。さてと、みのりんの後を追いますか。一つ伸びをして、彼女はその部屋を出た。

そのしばらく後に、衣玖もアリスの家を後にしたが、早苗は昨日アリスの家に居なかったので、そもそも雷鼓がこの家に居るとは知らなかった。

つまり、今こんなこんな状況にある。

衣玖が捨てようとした本命チョコ(穣子宛て)を、穣子が持って、本命チョコと思ってある人に届けに行って、早苗をそれは本当は雷鼓宛てだと勘違い。
更に、衣玖が今日届けようとしたチョコ(本命ではない)を早苗が持って、本命チョコと思って穣子に届けようと家を出た。

そんなことを、衣玖と雷鼓は知らない。





これどーなんの。