ほんのり小話 51 下

「あ、そういえば誰に渡しておいて、と申していませんでしたね。」

天界へ帰る道中、ぽつりと呟く。小さなひらひら舞う雪が顔に降りかかるが、そんなに酷い天候ではないため大して気にならなかった。

「…受け答えの様子から、本命ではないと思ってくださるでしょうが…」

一瞬雷鼓と勘違いするかと思ったが、雷鼓のところへ行ったことを早苗は知っているだろう。それならば、問題は無い。

少し気がかりであるが、そのまま空を登って帰っていった。


勿論、早苗が勘違いしていることを、衣玖は知らない。



「たのもー!」

「お前は普通に入って来い!」

玄関…の、窓を突き破って穣子はルナサ達の家にお邪魔する。小さい窓から何とも器用に、と感心するさとり。に対して、大声で注意する屠自古。最近早苗に似てきた気がする、というのは誰も口にはしなかったが。

「んで、どうした。衣玖はここにはいないぞ。」

「うーうん、今日はあたしは恋のキューピット。迷える子羊を救うために、あたしは天から召喚されたのだ!」

「…つまり、衣玖さんが捨てようとした本命チョコを無断で、面白がって渡すというとても悪魔的なことを今からやってのけよう、というのが本音ですね。」

心を読んで、本心を言葉にしてやる。その表情は便乗するかのようににやりと笑っていた。娘々は恋バナらしいそれに大変笑顔に、屠自古は本当に悪魔のような穣子を見て顔を引きつらせる。

こいしは無意識に床をゴロゴロしていた。床が綺麗になるかもしれないから、放置。

「ってことで、ルナサ!ちょっとおいで!」

「え、わ、私…?」

どうやら奥の方に居たらしい、おずおずした様子で穣子の方へ早足でやってくる。その穣子の様子はにやりと笑っていて。

「はい、衣玖さんからのチョコレート!全く、あの人も奥手だよねぇ。」

してやったり、という笑顔だった。ルナサは少し何かひっかかるものがあるらしく、中身を確認していいかと尋ねる。勿論君のなんだからと言って、穣子はそれを促した。

中に入っているものを見て、成る程とルナサは確信する。少しだけ微笑んで、綺麗に元の状態に戻してから、それを穣子の手に返した。

「…実は、私…もう、衣玖さんからチョコレート、貰ってるの。」

ほら、と少し小さい、けれど綺麗にラッピングされた袋を見せる。流石の穣子も、予想外の出来事に目をぱちくりさせる。

「…穣子は、もう…貰った?」

「ううん。だって毎年衣玖さんからはチョコレート貰わないもん。不味いから貰っても嬉しいとは一概に言えない気もするけど。」

でもこっちは毎年あげるのに酷くない?と、少し怒ったような様子を見せる。そんな様子を、ルナサは笑顔で見ていた。

「そしたら…これ貰って。二つ貰うのは流石に悪いから…」

「う、うーん…まぁ、ルナサがそういうのなら貰うけど…」

腑に落ちない様子で、しぶしぶそのチョコレートを受け取る。そしてそのまま、割れた窓ガラスをそのままにして彼女は帰っていった。

「…なぁ、どういうことだ?」

窓ガラスの破片を片付けながら、屠自古はルナサに尋ねる。

「えっとね…」

説明しようとしたその刹那、部屋の窓ガラスが割れる音が高らかに響く。誰が来たかなど、もう簡単に推測できる。

「ゆあっしゃぁぁぁあああ!!」

「お前らは普通に入ってこれないのか!!」

普通怒るのはルナサでしょうに、とさとりが屠自古の方を目を細めてぽつりと呟く。なんとまぁ人がいいというか、よく関与しようと思うだとか、思うところは色々あった。

そんな彼女を殆ど気にせず、ルナサが自分から入ってきたもう一人の神様、早苗に声を掛ける。驚いた様子は殆どない。

「どうしたの?」

みのりんがこっちに来なかった?多分らっこさんを探しにこっちに来たと思うのだけれど…」

「…?雷鼓のやつ、今日こっちに来てたか?」

その場に居たものがそれぞれ顔を見合わせる。が、ルナサだけは、やはりいつもの平常な様子だった。

「ううん、来てないよ。…その様子だと、早苗が先に来ちゃったみたいだね。それ、渡しておくよ。…でも、もう一個の方は、自分で、ね?」

今、手には二つの箱が握られている。その片方を、早苗が作った方じゃないものを頂戴といったように手を出す。

断る理由は特に無い。それなら、と早苗は衣玖が作った方のチョコレートをルナサの小さな手に渡した。

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「…で、結局…どういうことだったんだ?」

早苗が帰ってすぐ、ガラスの破片を片付けながら屠自古はルナサに尋ねた。

「…簡単、だよ。穣子が自分宛てのチョコレートを勘違いして、こっちに持ってきた。毎年あげないのは、毎年、衣玖さんが納得いくものが作れない、たったそれだけ。…苦しんでるの、よく知ってるから。あれはきっと、捨てるものだったんだけれど、そのまま忘れちゃってたんだろうね…あっそれと。あそこにあった私が持ってたチョコレートは…私が衣玖さんにあげる予定のものだよ。」

「…じゃあ、早苗の方は?」

「あれは、私へのチョコレート。雷鼓さんと一緒に作った、美味しいやつ。でも衣玖さんは、本命チョコに誰かの手を借りたものを使いたくなかったんだろうね。…で、それを、早苗が穣子への本命チョコだと勘違いして、穣子を探しにこっちへ来た…あ、早苗は、穣子の持ってるチョコレートを、雷鼓さんに渡すものだと思ってたんだね。更に、早苗は昨日アリスのところに居なかったから…そもそも、アリスの家に雷鼓さんが居ることを知らなかったんだと思うよ。」

「…よく分かったな。あの狡猾な二人の勘違いを、お前が全部見破るなんて。」

んー、とちょっとだけ考えて、やがて笑って、口を開いた。

「だって…衣玖さんと親友やって、長いから。本当の意味で、衣玖さんを分かりたいって思ってたからかな…そんなことくらい、すぐに分かるよ。」

不思議なくらい、彼女のその表情は穏やかだった。

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「…あたしが貰っちゃっていいのかなこれ。」

帰り道、やはり穣子はまだ何か腑に落ちない様子であった。ふぅ、と一つため息をついて、そのチョコレートをじっと見つめた。

からしても、やはり衣玖さんだけで作った、そんなチョコレート。それを自分が食べるなんて、衣玖さんの本命を自分が食べるようで、何となく変な気持ちになる。

けど、貰ってと言われたものを捨てるわけにもいかない。しぶしぶそのチョコレートを口に入れた。

「…あんまり美味しくない。」

美味しくない。バレンタインにこんなものを送ろうとするなんてどうかしてる。あぁ、だから捨てようとしたのか。

…けれど。

紛れも無い、衣玖さんが作った、そんな味がするのだった。







えぇそうです。ただ単にすれ違い話がやりたかったのです。ルナサとてもいい子である。