ほんのり小話 55-4

倉庫にてリレー小説更新しましたー!こっちじゃあこれやってるから公開させれなかったんよね^^;
故に皆得にも入れてます。


http://wankoro.hatenablog.com/entry/2014/03/27/202455
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「?そんなに驚く顔でもないだろう。」

早苗と雷鼓が目にしたもの、それは穣子が母乳を出すようになってから、いやそれよりも前からここへ遊びに来なくなっていた九尾の狐、藍の姿だった。

時期が時期だったので、早苗は藍が何か関係しているのではないか、あるいは無くても何か分かるのではないかと思っていた。

家にあがるなり、藍は疲れた様子で椅子に座る。ふぅ、と一つため息を付いた。

何かありそうだ。直感的にそう感じた早苗は、やや強気な態度で藍に話しかけた。

「あんた、一枚噛んでるわね。」

「…?何のことだ。」

「とぼけても無駄よ。みのりんの母乳が止まらなくなったの、あんた知ってるでしょ。」

「知らん。私が居ない間にそんなことになっていたのか?」

「……」

…アレ?オモッテタノトチガウゾ?

きょとんとして早苗を見つめる藍。仕草を観察しても、とても嘘を付いているようには思えない。

この九尾は人を騙すことに関わっているととても楽しそうな表情をする。が、今回はそんなものは一切無い。本当に心から何言ってんのこいつ、と言いたげな表情だった。

「…本当に知らないわけ?」

「知るも何も、私は冬眠前のあのクソババ…紫様のせいで振り回されっぱなしだったからな。やれ結界の調査だのやれ大掃除だの…いつもこの時期になると1、2週間ほどぱたりと来なくなるだろう?」

確かに、と納得する。雷鼓は知らないので、そーなのかーという顔をしている。

ということは、完全に藍は白だということになる。

「…あっ、そうださなっさん、これ、さっき言ってたみのりんの牛乳!」

「もうツッコまないわよ。それじゃ、ちょっとそれ貸して。」

雷鼓が穣子の母乳が入ったコップを早苗に渡すと、彼女は目を瞑って何か小さく呟いた。ほんのかすかにその液体が光り、その後早苗はテーブルにそれを置いた。

「…やっぱりね。これ、霊力でできてるわ。」

「霊力って…みのりんの力の本質だっけ。」

そうよ、と早苗が短く答え、それについて少しだけ説明をする。

それは神の本質であり、身体そのもの。能力を発揮するためにもそれは必要で、使いすぎると体を維持できなくなる。信仰によって霊力を得ることができ、その力を使って人々を幸せにする。そのサイクルによって成り立つのが神だった。

「つまり、これが流れ出るってことは、穣子の霊力が自然と減ってるってこと。しかもこれはかなり濃いから…そろそろ限界が来るころだと思うのよ。」

だから早く止めないと、と焦る早苗。その会話を聞いていた藍が横から口を挟む。

「…とりあえず、事態は分かった。しかし、人間にとっては別に珍しいことでもないぞ?しかも母乳じゃない。」

「そうなの!?」

やはり知らなかったかともう一つため息。神や妖怪はどうだか知らないが、と藍は人差し指を立てて説明を始めた。

「ストレスが溜まってホルモンバランスが崩れると出るようになる。そんな大量ではないらしいが。神は人形(ひとがた)を操るようなものだから、人体的には影響が出ない。恐らく、ストレスが溜まり、神自身の方に影響が出て、そんなことになった。というのが一番考えられると思うが。」

ま、あいつがストレスを溜めるようなもの、私が知りたいがなと言って席を立つ。お茶を入れるためで、道具を探して手に取っていった。

その話を聞いて、じっと考える早苗。もしかして、と推論を立てる。

「…あの臭いかしら。始めはあの臭いそのものがみのりんに影響を与えるものだって思ってたけど…それだったら衣玖さんも止まらなくなるはずよね。」

「しばらく嗅いでいなければならない、という事態も考えられるから一概にそうだとは言えないがな。」

と、早苗の推理に一言付け加える藍。確かに、と納得する。それを聞いた雷鼓は、先ほどの藍の言葉を受け取って考えを言った。

「それじゃあ…普段甘い臭いをさせてたのに、違った臭いをさせるようになってストレスが溜まってた、ってことは?」

「ありえるわ。…でも、一つそれじゃ解決しないことがある。」

それは、と言おうとしたところで、ここに入る為のドアが大きく開かれた。

バンッと大きな音を立てた方を見る。そこには息を荒げる竜宮の使いの姿があった。

「たっ、大変ですっ…穣子が…穣子がっ!!」

「…その様子だと、倒れたようね。」

奇跡の神は冷静だった。こうなることが読めていたから。

そのことを知っていたのか。知っていて、そのままにしていたのか。そう荒声で問いつめようとする衣玖に、早苗は先に謝った。

「ごめんなさい、あたしが盲点だった。さっき気が付いたのよ。あれは霊力の濃いものだった。倒れるなと予想できたのは本当についさっき。」

早口でそう言いつつ、自分の商売道具のお払い棒を探し、服の中から一枚の札を取り出す。それから穣子が一緒でないのを確認してから、寝かせた部屋に案内するように頼んだ。

流石に、あの問題のある臭いがする部屋の中でそのままにしているとは考えられなかったから。

早苗の真剣な表情と、すぐに出てきた謝罪によって、衣玖もいつもの冷静さを取り戻し、早苗に歯切れ悪く謝る。

「…あの、すみません。酷い言葉を浴びせようとして。」

「気にしないで。今の流れじゃあ誤解くらいするわ。あたしにも非があるのが事実だもの。」

そう言って、にやりと笑ってみせる。安心させるための笑顔だった。

衣玖はその言葉に少し罰悪く感じながらも、早苗を穣子を寝かせた部屋へと案内する。その後を雷鼓と藍は付いていった。

案内されたのは早苗がよく使っている部屋。さっきまで居たところの隣にあるが、臭いは入ってきていなかった。

早苗は部屋に入るとすぐに穣子の状態を確認した。息はほとんどしておらず、体は氷のように冷たい。

人間であれば、かなり危ない状態だった。

「……」

先ほど取り出していた札を、穣子の胸元に張り付ける。それからお払い棒をその札に当て、目を閉じて小さく呪文をつぶやいた。

その刹那、それに応じるかのように札が淡く輝く。ふわり光が浮かび上がり、数回瞬いた後、穣子の体の中に入るように消えていった。

「それは?」

「霊力の流れを遮断させる札よ。自分の中から霊力が出ていかないけれど、自分の中にも入ってこないわ。」

それでは穣子はずっと目を覚まさないし、よくならないのでは。そう衣玖が尋ねようとして、部屋の外からなるほどな、とやや明るいトーンの狐の声が聞こえた。

「賢明な判断だな。それは、霊力を損なわないためではなく、彼女を起こさないための札だな。原因が特定できていないのに彼女が先に起きてしまっては、また同じことを繰り返す。だからそれを取り除くまでは寝ていてもらう。いやはや、見事見事。」

少し笑いが混じった声に、どうもと短く、小さく返す。悪気はないのだろうが、遊ばれている感じがしてあまり気持ちのいいものではない。

衣玖も雷鼓も、その早苗の気遣いに納得する。それには特に何も触れなかった。

「でもおきつさん、何で中に入ってこないんだ?」

「決まっているだろ。そこの豊穣の神と竜宮の使いがハーブ臭いらしいからだ。」

狐にとって、いや、人間以外の動物にとってはハーブの臭いは毒である、と藍は説明する。妖獣は元が動物だから、ほぼ全員がその臭いを苦手とするらしい。

「ま、妖怪や神様は知らないがな。妖怪はものによっては苦手意識があるんじゃないか?」

「…毒、ねぇ。」

動物と同じように、穣子にとってもそれが毒になっていたかという考えが浮かんだが、それはすぐに消えた。

それならば、神である自分もその臭いにやられているはずだ。

「…考えられることは二つ。一つは、穣子にとって臭いがストレスで出るようになった。ストレス案は、さっき藍がストレスから母乳もどきが出ることがあるって教えてくれたから、そこから。もう一つは、その臭いが母乳もどきを出すように促すものだったか。しばらく嗅いでないと効果が発揮されない、みたいなね。」

どっちでも筋は通ると思うけれど。人差し指で自分の顎を触りながら、じっと眠る幼い神様を見つめ続けた。

その顔に、表情は無かった。

「…みのりんってさ、こう…わたしやおきつさんみたいに、本能的に苦手なものとか無いのかな。太鼓が水に弱いから水が本能的に怖い、動物はハーブの臭いが毒だからハーブが本能的に怖い、とか…そんな感じのもの。」

「むしろ私が知りたいな。」

穀物、豊穣、それが敵になるようなものがぱっと思いつかない。もしかしたら何かあるのかもしれないが、少なくとも穣子がそれを見せたことは一度もない。

「…あるいは、知らない間のストレスという方針で考えて、そこの竜宮の使い、とかな。」

「ーっ!?」

藍の表情は部屋の中からでは伺うことができない。ちょうど入り口からは見えないところに立っていた。

声から表情を考えるとすれば、多分不敵に笑っている、そんな感じなのだろう。

「ストレスとは知らない間に溜まるもの。無自覚のうちに溜めて、やがて自身を殺す。ある意味、それは本当に恐ろしい、恐ろしい毒の一種だ。そんな毒に、そこの竜宮の使いはなっていたのではないか?」

私の知ったことではないがな。その冷たい言葉に、衣玖はただ目を見開く。小刻みに震えて、嫌な汗をかいていた。

そんな藍に対して早苗が強く怒鳴る。

「やめなさいよ!今この状況でそんな縁起でもないこと言う!?ただでさえ愛しい人が倒れて不安になっているところだっていうのに…簡単に弄ぶんじゃないわよ!」

「ま、待って!ここで喧嘩しちゃダメだよ!!」

雷鼓が仲裁に入るも、早苗は藍の居る方向を、まるで彼女を壁ごと貫くかのような鋭い瞳で射抜く。多分、藍はそのまま一歩も動かなかった。

しばしの沈黙がこの場を支配する。この中で一番先に動いたのは衣玖だった。

「…衣玖、何処に?」

「すみません…少し、席を外させていただきます。」

瞼を伏せて、消え入りそうな声でそう呟く。部屋を出て、藍の横を通り、そして外に出ていった。

しばらくじっと後ろ姿を見ていた雷鼓は、困惑した表情を浮かべながらも、やがて同じところを目指す。

「…追うつもり?」

励ます言葉も、何を言うべきなのかさえも分かっていないのに?

早苗の短い言葉。その言葉で一度立ち止まり、俯く。が、すぐに前を向いて、

「…分からなくても、側には居てやれる。」

再び歩きだして、そう言った。

「……」

酷く長い沈黙が続いた気がする。

気がつくと、藍は身を翻し、皆が集まる部屋へと戻っていった。

早苗はまだ、そのまま親友の寝顔を見ていた。

やはり、無表情のままだった。

  ・
  ・

昔、黒猫が見つけた、幼い神が愛する花が咲き乱れる小さな花畑。

そこにあるのは、季節外れに咲く無数の紅紫の花の群れ。

だが今はまだその姿を見せていない。いつも不思議な環境が作り出すその姿は、どうやら冬でしか見られないようだ。

そこにふらりと、一人の竜宮の使いが誘われる。花畑の中心で立ち止まり、何をするわけでもなく、ただじっと立った。

気づけば時刻は夕方だった。山は紅色に染まり、明日がまた晴れることを告げる。雁が群れを作って空を横切るが、一匹だけ群れから外れていた。

それが、自分の姿と重なった。かつてそうだったような、自分の姿。

壁を作り、誰とも打ち解けようとしなかった。しかしその壁は、幼い神の手によって容易に壊された。その壁の先は、自分の焦がれたものが沢山あった。

それに触れることさえも、私には許されないのか。温かさはあくまでも、私を拒むのか。

一度は手にした。手放さないようにしっかりと掴んだ。もう二度と、放さない。

それが、いけなかったのか。

それが、いつの間にか彼女を拘束していたのか。

本心を決して晒さない、小さな神様。彼女が何を思って、何を感じているのか。

…私は、その半分も分かってやれなかったのか。

それを、誰に問えばいい?その答えを、どうやって見つければいい?

見つからない答え。手探りに探しても、それは出てこない。自分の知らない、深い深いところにそれはある。

手を伸ばしても届かない。それなら、どうすればいいというのか。


「…衣玖…」

気がつけば、後を追ってきた一人の付喪神。その小さな声は、心なしか震えていた。

竜宮の使いの後ろに立つ。表情は互いに見えない。しかし、何となく互いに表情は言わずとも、見ずとも分かった。

…いっそ、この付喪神に答えを問うてみようか。答えのない質問をしてやろうか。

そんな考えが脳裏をよぎったが、馬鹿馬鹿しくなってすぐにやめた。

見つからなければどうすればいいか。それは、自分がよく知っている。

気が付けば、言葉を紡いでいた。

「…私。ずっと穣子の側に居られたら。そう考えていました。」

しかし、彼女は拒んでいたのかもしれない。

自分でも気が付かないうちに、私のことが嫌いになったのかもしれない。

都合のいい解釈をしているかもしれない。自分が傷つかないようにという、そんな無意識の守りなのかもしれない。

でもそれは、すべてイフでしかない。

どれもが可能性。絶対のありえない可能性。

だから。

「…そうでない、その可能性はあります。そうだ、という可能性もあります。だから私は私で、好きなようにすればいい。よく分かっています。

もしも、このまま原因が分からず、私が原因ということになりましたら…私は二度と、彼女の前には現れないつもりです。未来永劫、彼女には一切関係しない、と。」

私は彼女のことが好きだ。心の底から、どうしようもなく。

だから、彼女が自分のせいで傷つき、苦しんでいるというのなら、それは自分が一番耐えられない。

大好きな人を、自分の手で壊す。これ以上に残酷な所行があるだろうか。

そう言って、衣玖は振り返る。

その顔は、儚い、とても儚い、

 ――笑顔だった。

「……」

その笑顔を見て、雷鼓は何も言えなくなった。

優しい、けれど、悲しい笑顔だった。

その言葉はきっと、彼女の中にある真実なのだろう。

答えが見つからないのならば、考えればいい。自分で作ればいい。

考え抜いて、作り上げた真実。

その笑顔は、すべてを物語っていた。

が。

「……違う…」

聞こえない、小さな小さな声でぽつりと呟く。

何が違うのか。そんなもの、分からない。

けれど、絶対にそれはおかしい。違う。

…そう、何かが囁く。

自分の知らない何かが、耳元で囁く。

それは虚言だ。それはただの道化の作った戯言だと。

作り上げたのは真実ではない。自分を正当化するために、仕方なく作った嘘の言葉。

でも、一体何が嘘なのか。

きっと、本心だ。

しかし、彼女は心から、そんな風には望んでいない。

それならばどうすればいい。

どうすれば、一番望む結果になる。

…それが、分からない。分からないから、それ以上言葉が紡げなかった。

静かに、ただ静かに。

付喪神は、その笑顔から目を逸らしていた。







シリアスいやっほぉ!!
さて、明日でラスト更新しまーす!皆さんは犯人分かったかなー?