ほんのり小話 65-上

みのいくの、衣玖さん視点。らっこさん入った後、母乳話より前ってイメージ。
上下になると思いますが、ちょっと長めのお話です。







今日は一人で人間の里の近くを歩いた。特に理由はなかったけれど、強いて言うならば、一人になりたかったからだろうか。特に誰と喧嘩したわけでも、何かあったわけでもない。自分の気まぐれが、そうさせたのだ。

最近は誰かと一緒に居ることが多い。昔はそれを拒んでいたが、今はもう、それが当たり前になっていた。誰かが傍に居て、誰かの傍に居る。それが、普通だった。

そよ風が優しく頬を撫でる。髪の毛を、服を浚おうと引っ張る。日差しもそれほど強くなく、優しく大地に降り注ぐ。そんな、心地の良い日のことだった。

「あら、あれは…語り部、でしょうか。」

語り部というのは、昔話や民話、歴史などを伝える人のことを指す。文字を知らないから口伝で、紙が手に入りにくかったから、あまりにも長いからなど、色々な説があってあの職業はできたが、どれが真実なのかは私も知らない。

私は歴史や昔話は好きだった。どのような過去を歩み、今に至るのか。何がどうしてこうなったのか。そのことに触れることができて、とても面白いと思う。…最も、穣子は『歴史』そのものにはあまり興味がないようで少し残念だったりする。知りたがりの彼女は『歴史』ではなく『知識』を修めようとするのだ。

「はいはい初めまして。語り部を行うのはこの話が最初で最後となるでしょうが、どうぞよろしくお願いしますね。」

黒いローブのようなものを纏っていて顔は見えない。しかし意外にも声は若く、女性のものだった。不思議と親しみやすい口調ではあった。

そのギャップのせいか、意外と人が集まっている。私は人間達にバレないように、そっと隠れてその話を聞くことにした。遠くまで届くような声で、離れていてもよく聞こえた。

「私ね、こう見えても長く生きていましてね。昔に面白いことがあったのですよ。」

「こう見えて、って言っても姿見えないよー?」

子供の鋭いツッコミ。語り部も思わず困ったように笑う。ローブ外せばと思ったが、ちょっとした理由があったようだ。

「実際中身はピチピチのお姉さんなんです。こうでもしないとあまり語り部ーって感じがしないのですよ。ってことで、前置きはこのくらいにして。皆さん、妖怪は知っていますよね。」

「知ってるー。最近は仲良くできる妖怪も増えてきたよねー。」

「……そうですね。」

肯定の返事をするも、その声は静かで、憤慨が込められているように感じた。が、すぐに切り替わり、先ほどの軽いノリになる。

「私ね、ずっと昔…何百年と昔にですが。妖怪が神に恋をする姿を見たのですよ。」

「…!」

自分のことか。そう思ったが、明らか時系列が合わないのでそうではない。が、テーマがあまりにも自分自身のことのようで、思わず冷や汗が額を伝った。

ここで、私は引くべきだったのかもしれない。聞かない方がよかったのかもしれない。しかし、聞かずにはいられなかった。



語り部の内容はこうだった。

昔々、寺に祭られている神とその住職が住んでいた。神は大変りりしく、美しい顔立ちをしていたそうだ。

住職はその神の教えを説き、人々の信仰を集めていた。その内、住職が居ない内に一匹の怪我をした妖怪が寺の中に誤って侵入した。そのときは神しかいなかったのだが、その神がその妖怪の怪我を癒し、やがてそっと帰らせた。

その妖怪はその神に心を打たれ、たびたび神に会いに行くようになった。住職も気がついたが、人を襲わないということでそのままやってくるのを許した。

そしてそのまま、一柱と一匹は結ばれたのであった。




「それでめでたしめでたし、と言えないのが妖怪の怖いところでしてね。」

くすり、と語り部が笑う。ここからが本番だと言わんばかりに、不気味に笑った。

それに気がついてか、一人の人間の子供が語り部に尋ねた。

「それで、その神様と妖怪さんはどうなっちゃったの?」

「その後、妖怪は神様が住職と仲良くしている姿を見ると、それを妬んだのです。自分に想いが向けられていると知りながらも、妖怪というのは貪欲なもので、その住職を食い殺してしまったのです。」

「――!」

「住職なしになってしまい、神は信仰を上手く集められなくなってしまいました。そのまま神は信仰をなくしてしまい、消滅。妖怪は、独り残されてしまったのでした。」

「……」

自分が、恐れている未来の一つだった。それは、自分が妖怪で、穣子が神。だから、私のせいで、穣子が信仰を集められなくなる。それこそこの物語のように、そうなる未来が来るのではないか。何度も考えたことがある。

そう恐れるたび、穣子はそんなことないからと言ってくれた。しかし、実際に話を聞くと、それは恐ろしく自分のことのようで、恐ろしく未来を予言しているように聞こえるのだ。

ただただ私は、静かにその話を聞いていた。震えながら、恐れながらその話を耳にしていた。

「…これで分かったでしょう。妖怪とは、私たちには相入れない存在なのです。神は人を豊かにします。しかし妖怪は人を殺し、その神まで殺すのです。妖怪は…人間の敵でなければいけないのです。」

「っ…」

私はそのまま、できるだけ表情に出ないように穣子の元へ行った。

どうしても、会いたかった。会って、とても言える内容ではない。ないのだけれど、どうしても、その姿を見たくなった。

会って、何か変わるというわけでもないのに。


  ・
  ・


「あ、衣玖さんいらっしゃーい。」

アリスの家の、穣子の部屋に入る。早苗が来ていないときは大体穣子は一人部屋に籠もっていることが多い。あるいは、農作業か。

少しだけ微笑んで、その部屋にお邪魔させてもらう。用事を聞かれたが、何となく会いたくなった、だからすぐに帰るとだけ伝える。時々そんな何ともあやふやな理由で会いに来ていたが、いつもは穣子も特に何も触れなかった。

そう、いつもは。

「…ふぅん?何かあったように見えるけどなー?」

じぃっと、読んでいた本を机の上に置いて、私の目をのぞき込む。いつも通りを装っていたつもりだったが、できていなかったのだろうか。

「どしたの?何か悩んでるでしょ。」

「え、あ、あのっ…だ、大丈夫です、ひ、一人で何とかなりますから。」

歯切れが悪い。隠すに隠せていない。これだとすぐに彼女に見抜かれてしまう…いや、すでに見抜かれているか。

何か深く尋ねてくるかと思ったが、ふぅんと短く答えて戻って行ってしまった。置いた本を手に取り、それを再び読み始めた。

その沈黙が段々辛くなり、思わず私は穣子に尋ねた。

「…あの。」

「なぁに?」

「…異種族が仲良くすることは、やはり変な話なのでしょうか?」

変じゃない、その否定の言葉が欲しい。

ページをめくろうとした手が止まる。少したってから、代わりに穣子の口が開いた。

「それだったら、ここは変人の集いだね。」

「…そうですね。」

「ま、実際変なことだとは思うよ。神、妖怪、付喪神、幽霊、妖獣…それがごっちゃになった光景、普通はおかしいね。種族ってのは自分の種族を尊重して、他の種族を差別化する。種族を越えた友情だとか、よく聞くけどそれは基本的に物語の作った人の悲願、あるいは妄想だね。普通は、あり得ない。」

「…そう、ですか。」

そこで、会話が途切れた。ただ私は、先ほどの話を何度も頭の中で繰り返していた。

穣子と両想いになれたら。それは、いけないことであったのか。

手を伸ばせば届くと思っていたのは私だけだったのか。

繰り返し、繰り返し脳内で物語を紡ぐ。紡いで、答えを探す。見つからない物語の答えを、ただ探した。









ずっと前からやりたいと思っていたのになかなか時間がなくってできなかったお話。

コメ返。
ティーダさん
およよ、そうでしたかw

はいデザイン史は割りとヤバかったりします…なんていうか、先生が仰ったことがずれててかなりやばい状況にあります。選んだ作品の並び替えが出るって言ったよね!?年号書いてあるってことは、もしかしてもしかしなくてそういうことなの(gkbr)!?

アッ私も忘れちゃう人間でs((

ほぇーそうだったのですか。さっき聞いたばかりでもかなり面白そう、って思いましたしね…しかし滑舌は悪い。