ほんのり小話 65-下

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後日、私は湖に降り立つとすぐに穣子と出会った。私に用事があったらしく、待ち伏せしていたらしい。二人きりになりたいとのことだったので、ひとまず雷鼓をルナサのところへ預けに行った。それからやや早足に人里の方へ歩いていった穣子の後を追った。人間の里には入らないから大丈夫だよと、一言振り返って言うと、また歩き出す。

その向かう先には覚えがあった。私が、昨日あの語り部の元へ向かうときに通ったところだ。本人には言っていないはずだが…そこに行くつもりなのだろうか。

唐突に足を止める。危うくぶつかりそうになったが、なんとか堪えた。それから場所を確認して、はっきりと分かった。

やはり、私が昨日居たところだ。

「あ、あの

「ちょっと待ってね。もう少ししたら始まると思うから。」

今日もあの語り部は居た。人間の数も、昨日と同じくらいの数が居る。同じ話をするのか、それとも…

「初めましての人は初めまして。それから、昨日もいらっしゃった方はありがとうございます。今日も私は、いかに妖怪が人間にとって害のある存在かというものをですね

「ちょっと待ったぁっ!!」

いきなり語り部の前に登場したのはよく見知った顔と、直接話したことは無くても誰かということは分かる人であった。

命連寺の住職、聖白連。それから、そこで奉られている毘沙門天の化身、寅丸星。寅丸が居るのだからパルスィも居るか、と思ったがどうやらそういうわけではないらしい。珍しい。

「妖怪が害悪!?ふざけないでくださいそこの語り部…いえ、豊総耳神子!」

「え!?」

思わず驚きの声をあげてしまう。が、穣子は知っていたのか、くすくす笑ってその様子を見ているだけだった。

神子と呼ばれた語り部は確かに彼女で、指摘を受けてすぐにローブを外した。悔しそうな素振りはなく、にこにことしていた…が、黒い笑みと呼んだ方がいいだろう。

「あら、よく私だと分かりましたね。神と妖怪の恋路の物語をしただけでしたのに。」

「神と妖怪が恋をして何が悪いというのです!?素晴らしいことではないですか!」

「あら、これはこれは妖怪を神として仕立てあげるどこぞの住職様ではありませんか。えぇ、私が言う通り、妖怪の存在は害悪そのものです。貴方こそ何を言うのです?」

二人の言い合いに、人間はざわめき始めている。その光景に戸惑っていると、穣子がくいっと袖を引っ張った。人間がもしかしたらその場を離れ始めるかもしれないから離れよう、ということだった。どうやらこの光景を見せたかっただけらしい。

昨日と全く同じ道を歩く。ある程度歩いて、氷の湖にさしかかった頃、突然穣子が大笑いを始めた。

「あっはははは!いやぁー予想通り予想通り!上手く人を填めるっていうのはほんっと楽しい!藍がハマるのもよぉーく分かるよ!!それにしても…衣玖さんが宗教勧誘に引っかかるなんてねー…あっはははは!」

「あの、ど、どういうことなのです?それに、何故私の行動が分かり、彼女が神子さんだと分かったのです?」

訳が分からないままだった。昨日、私が何かで悩んでいると見破ったが、ここまでに至ることに関しては何も言っていないはずだ。

まだしばらく笑っていたが、必至に笑いを堪え、私の質問に答えようとする。風が彼女と同じくせせら笑うように、私の髪の毛を撫でた。

「あー笑った笑った。まずね、あたし衣玖さんの大丈夫は8割方信用してない。」

「…ちょっとそれはあんまりではありませんか?」

だって事実じゃん、とくすくす笑う。確かに隠し事をしていることはあるが、そこまで信用されない値ではないと思う。

「昨日雷鼓さん連れてなかったから、ルナサの家に行って、雷鼓さんを置いてからこっちに来た。雷鼓さんが何も知らないってことは、その一人になって、こっちに来る間に何かあったってこと。とりあえず人里で何か無かったか聞いたら、語り部が来てたって話を聞いて。どんな内容か聞いたら、あれが神子さんだって、もう一発で分かったよ。」

「…どうして分かったのです?」

「どうして分からないの?」

逆に質問を返された。流石バカ正直、とぼそりと呟く。聞こえないようにしたけど聞こえてますよ、という状況を作りたいような声の大きさだった。完全に小馬鹿にされている。

「話の内容が寺の住職、神。妖怪の否定。命蓮寺の否定にしか思えないよ。見た目に威厳が無い、声が若い女性っていうのもポイントね。威厳が無い、の真偽は分からなくても、声のトーンが若い女性だったって言うんだったら真に捉えてもおかしくない。ま、もうこれで命蓮寺を敵視している神子さんの仕業、ってすぐ分かるでしょ?」

「…全く分かりませんでした。」

これだから、とわざとらしくため息をつく。でも、もしそれで今日語り部が来なかったらどうしていたのか。そう尋ねようとするより先に、穣子がその答えを喋り始めた。

「そっからはまず神子さんとこに、『人間で今日の話をもう一度聞きたいって言ってる人が居たよ』って間違った情報を伝える。ま、間違ったっていうか、あたしの作り話。もしかしたら居るのかもしれないから、嘘ってわけでもないかもしれないね。次に、白連には『神子さんが命蓮寺の否定をしている、こんな話をしていた』って伝える。それから、明日現れる時間とね。そしたら、衝突するのはもう目に見えてるでしょ?」

単純に衣玖さんにそれ宗教勧誘だよ、って答えを言うだけだったらつまんなくて。そう言って、にやりと笑った。人をからかうのが大好きな彼女らしい笑顔だった。

それでもやはり、私はあの話が重くのし掛かっていた。ありえる、だからこそ、他人事とは思えない。穣子の側に居ない方がいい、そう思ってしまうのだ。

「…私はそれでも。神子さんの仰ったことがまだ私たちのことのようで…穣子、貴方はその話どう思いました?」

「やれやれ、本当に宗教勧誘にガッツリひっかかっちゃってるね。そうだね…あたしからしたら、まあありえる話だねって、そんくらいかな。普通すぎて、あんまり面白くないね。」

「…そう、ですか。」

物語の否定では無い。あり得る、よくある話だ。内容にしては肯定的に捉えている。

何処かで、私はそれを否定してほしかったのだろう。かすかに震えている自分が居て、それがよく分かった。

「衣玖さんさ、変ってことと悪いってことを一緒に思ってるでしょ。」

「何か違うのですか?」

「全然違う。変ってことは、当たり前って基盤があって、そこで生まれる異端のこと。悪いってことは、道徳に背くこと。例えば、変っていうのは皆がご飯を食べてるのに、一人だけパンを食べてる。そしたらこのパンを食べてるって人は、何となく変って感じがするでしょ?善悪には関係ないんだけど、何となく集団意識からはずれたところにあるような気がする。悪は、それこそ人が人のもの盗んだり、殺したり。一般的な道徳から離れてるでしょ?」

覚えているかな、あの衣玖さんの質問。その質問に、私は首を縦に振った。

「えぇ…異種族が仲良くすることは、やはり変な話なのか、という質問でしたよね。」

「そそ。で、あたしは『変な話』って聞かれたから『変な話』って答えた。誰も、悪いなんて言ってないでしょ?それが悪いことだって言うんだったら、あたしは衣玖さんから今すぐ離れてるね。」

そう言うと、くるりと背を向けて歩き出す。方向はアリスの家の方だった。

湖が太陽の反射を受けてきらきらと輝く。その光景に少しだけ目を奪われて、それから私もその後ろを歩きだした。

「…穣子は、もしこれが本当の話だとすれば…私と居ること、怖いとは思わないのですか?」

「あたしは、変なことが大好きだからね。さっきも言ったけど、善悪なんかない。妖怪と神が結ばれて、結局ダメになったって話はセオリーすぎてつまんない。だったらさ…いっそ、妖怪と神が結ばれて、そこに子供が生まれて、その子供が住職と結ばれて超絶こじれた関係そこに生まれる4角関係!ってエンディングを迎えた方があたし的には好きだよ。」

ひねくれ者らしい、最高のエンディングを用意しようじゃんか、とこちらを向きなおして、立ち止まって彼女は言った。

用意しよう、その意味に少しだけ胸を踊らせたが、どうせそんな意味は込められていないと考えると、うっすら苦笑した。

何とも彼女らしい考え方だ。自分の考えを大切にする、彼女らしい。

私と彼女の物語がどう転ぶかは分からない。もしかしたらあの道士が言っていたような結末になるのかもしれないし、穣子の言うよく分からないことになるのかもしれない。

ただ、一つだけ、私はこれだけ言える。


「…穣子、私分かりました。」

「ん、何が?」

「物語を書くことができるのは、私や穣子…物語の主人公だけなのですね。」

「…ふぅん?」

くすり、と笑う。それから、一言、

「だったら登場人物が満足するような脚本をお願いね!」

満面の笑みで、そう言った。








前半2000文字、後半4500文字。色彩学のレポートよりさくさく進んだわ文字数3倍くらいあんのに!
ずっとやりたくてやれなかった話です。コンセプトは『久々にかっこいいみのりんが見てみたい』。最近狡猾じみたみのりん見なかったから。あの一週間衣玖ルナ祭りのときぐらいの狡猾さを見せてほしかったんだ!
あのときくらいのみのりんを見せてくれた気がします。満足!
でも今回の「じゃーん神子でしたー☆」は簡単に見破れた気がする。キバリんだったら絶対一発よw




コメ返。
ティーダさん
自分のせいで穣子が消える。それこそ、彼女が一番恐れることですね。
それは自分の想いを否定されることよりも、傍に居られなくなる事よりも怖いこと。自分の手で、穣子を殺すこと。

私のとこは割りとフレンドリー、みたいな書き方しますけどね。ただし中には相容れない存在の妖怪が居たり、害悪だという人だ居たり。総合的には共存できんじゃね?みたいな感じですけどね。


まんまと引っかかりましたうわあああああああああ!!
恐ろしいトラップ…う、うわああああああ!!