最近小話多いな…あ、らいいくだけど、良心を捨てて読まないと心にダメージ来るよ。
IF物語に近いけど、あえてこっちで。
「…雷鼓。」
静かな部屋の中、衣玖は部屋の入り口で彼女の名前を呼ぶ。太陽が昇って結構時間が経つ。おはようというべきか、こんにちはというべきか、そんなことに悩むそんな時間。
「……」
返事は無い。まだ彼女は寝ているのだろうか。もう一度呼んでみて確認するが、やはり返事は無い。
そっとその場を離れようとする。体を翻したその刹那、後方から求めていた声が聞こえた。
「……衣…玖……」
今にも消えそうな掠れた小さな声。それは、人が死ぬ直前を彷彿とさせるそんな声で。
姿を見なくても、震えて、今にも泣きそうな声だというのがよく分かった。
「……待っ…て…」
…出会ってから、もうどのくらい経つのだろうか。大切に扱っていても、時の流れによる風化にはどうしても敵わない。
徐々に生傷が出来て、それが増えて、大きくなる。…もう常人なら生きているのが不思議な状態だった。しかし、彼女は辛うじて生きている。
辛うじて、太鼓が完全に壊れていないせいで。
「…もう、ムリでしょうそれで一緒にいるのは…」
「……ぃやだ……まだ……一緒……」
横たわって、動かない体を必死に動かそうとしているのがよく分かる。手を伸ばそうとして、立ち上がろうとして、必死にもがいて。
痛いほど伝わる、彼女の想い。それが衣玖の良心に突き刺さって、罪悪感となる。
どうしてやるのが一番かは分かっている。けれど、どうしてもそれができなくて。
「……」
彼女の傍に近寄る。もうほとんど目は見えていないようで、近くに行っても衣玖の姿を探していた。
「…大丈夫ですよ。…何処にも、行きませんから。」
頬に触れて、温かさを感じさせる。それだけで、やつれた彼女は笑った。
この言葉が、どれだけ残酷なものかはよく分かっている。限界がきているのにそれでも現世に縛り付けて、放さないようにさせている言葉だとは分かっている。
分かっているのだけれど、それが出来ない。
「……玖……あった……かぃ…」
「…だから、もう少し寝ていてください。傍に居ますから、安心して、おやすみなさい。」
そっと抱きしめて、壊れないように優しくして。生を感じない冷たい体に、自分のぬくもりを少しでも分け与えるかのように。
顔を胸に埋め、すすり泣く声が聞こえる。そんな衣玖の瞳は、どこか遠いところを見ていた。
「…付喪神って、道具って複雑だよね。」
そんなやりとりを外で聞いていた二つの影。幼い豊穣の神と、奇跡の風の神の二柱であった。
二人とも苦い顔をして、扉の向こうの様子を想像する。何がどうなっているか、よく分かってはいた。
「そうね…使われることが喜び。あたし達の道徳は通用しない。あたし達が可哀想だと思うことが、彼女にとっては喜び。だから辛いのよね、お互いに。」
この二人も思っていた。壊してやることが、その命に終止符を打つことこそ、一番彼女のためであることだとは。
分かっていても、彼女がそうさせてくれない。一番彼女のためだと思っていることは、彼女が一番恐れられていることだから。
「…こっそり部屋に入って太鼓を壊そうとしたら、凄い殺気で射抜かれるかと思ったよ。あんな状態なのに、まだ力があるんだよね…」
一つため息をついて、外を見上げる。今の状態に似合わないくらいの青空だった。
「衣玖さんはさ。もう一つ分かってるんだと思うな。…壊したら、二度と彼女に会えないって。…付喪神は、妖怪の性質と似ているといいながらも、あたし達と似た性質も持っているって。」
思念体の定めか。その体は魂が宿っているわけではないから。
魂は輪廻の輪にしばられて、また巡りやってくる。生と死を繰り返す魂、それが理。
だが、彼女は思念体。それは一時的な命でしかない。
…だから、一度失えば、二度と戻ってくることは無い。
互いに縛り、縛られる壊れた道具と主人が報われるのはいつの日か…
雷鼓さんさ。やっぱ犬得で一番病みやすいわ。
というわけで、依存症の雷鼓さんと、どうしていいか分からない衣玖さんのお話。鬱。
※付喪神が輪廻転生しないって設定は犬得なんで、正式な設定は知らないです。お気をつけて。