ほんのり小話 49

最近小話多いな…あ、らいいくだけど、良心を捨てて読まないと心にダメージ来るよ。
IF物語に近いけど、あえてこっちで。





「…雷鼓。」

静かな部屋の中、衣玖は部屋の入り口で彼女の名前を呼ぶ。太陽が昇って結構時間が経つ。おはようというべきか、こんにちはというべきか、そんなことに悩むそんな時間。

「……」

返事は無い。まだ彼女は寝ているのだろうか。もう一度呼んでみて確認するが、やはり返事は無い。

そっとその場を離れようとする。体を翻したその刹那、後方から求めていた声が聞こえた。

「……衣…玖……」

今にも消えそうな掠れた小さな声。それは、人が死ぬ直前を彷彿とさせるそんな声で。

姿を見なくても、震えて、今にも泣きそうな声だというのがよく分かった。

「……待っ…て…」

…出会ってから、もうどのくらい経つのだろうか。大切に扱っていても、時の流れによる風化にはどうしても敵わない。

徐々に生傷が出来て、それが増えて、大きくなる。…もう常人なら生きているのが不思議な状態だった。しかし、彼女は辛うじて生きている。

辛うじて、太鼓が完全に壊れていないせいで。

「…もう、ムリでしょうそれで一緒にいるのは…」

「……ぃやだ……まだ……一緒……」

横たわって、動かない体を必死に動かそうとしているのがよく分かる。手を伸ばそうとして、立ち上がろうとして、必死にもがいて。

痛いほど伝わる、彼女の想い。それが衣玖の良心に突き刺さって、罪悪感となる。

どうしてやるのが一番かは分かっている。けれど、どうしてもそれができなくて。

「……」

彼女の傍に近寄る。もうほとんど目は見えていないようで、近くに行っても衣玖の姿を探していた。

「…大丈夫ですよ。…何処にも、行きませんから。」

頬に触れて、温かさを感じさせる。それだけで、やつれた彼女は笑った。

この言葉が、どれだけ残酷なものかはよく分かっている。限界がきているのにそれでも現世に縛り付けて、放さないようにさせている言葉だとは分かっている。

分かっているのだけれど、それが出来ない。

「……玖……あった……かぃ…」

「…だから、もう少し寝ていてください。傍に居ますから、安心して、おやすみなさい。」

そっと抱きしめて、壊れないように優しくして。生を感じない冷たい体に、自分のぬくもりを少しでも分け与えるかのように。

顔を胸に埋め、すすり泣く声が聞こえる。そんな衣玖の瞳は、どこか遠いところを見ていた。





「…付喪神って、道具って複雑だよね。」

そんなやりとりを外で聞いていた二つの影。幼い豊穣の神と、奇跡の風の神の二柱であった。

二人とも苦い顔をして、扉の向こうの様子を想像する。何がどうなっているか、よく分かってはいた。

「そうね…使われることが喜び。あたし達の道徳は通用しない。あたし達が可哀想だと思うことが、彼女にとっては喜び。だから辛いのよね、お互いに。」

この二人も思っていた。壊してやることが、その命に終止符を打つことこそ、一番彼女のためであることだとは。

分かっていても、彼女がそうさせてくれない。一番彼女のためだと思っていることは、彼女が一番恐れられていることだから。

「…こっそり部屋に入って太鼓を壊そうとしたら、凄い殺気で射抜かれるかと思ったよ。あんな状態なのに、まだ力があるんだよね…」

一つため息をついて、外を見上げる。今の状態に似合わないくらいの青空だった。

「衣玖さんはさ。もう一つ分かってるんだと思うな。…壊したら、二度と彼女に会えないって。…付喪神は、妖怪の性質と似ているといいながらも、あたし達と似た性質も持っているって。」

思念体の定めか。その体は魂が宿っているわけではないから。

魂は輪廻の輪にしばられて、また巡りやってくる。生と死を繰り返す魂、それが理。

だが、彼女は思念体。それは一時的な命でしかない。

…だから、一度失えば、二度と戻ってくることは無い。


互いに縛り、縛られる壊れた道具と主人が報われるのはいつの日か…








雷鼓さんさ。やっぱ犬得で一番病みやすいわ。
というわけで、依存症の雷鼓さんと、どうしていいか分からない衣玖さんのお話。鬱。
付喪神が輪廻転生しないって設定は犬得なんで、正式な設定は知らないです。お気をつけて。