ほいラストォォォオオオオ!!
「はぁああああああっ!!」
「たぁああああああっ!!」
己の武器を振るい、避け、跳び、舞う。
紅の世界。獣の喧噪が聞こえない。獣が互いに傷つけ合い、そろそろ離脱していったものも数え切れないほどになっていた。
辺りは血の海で、肉片や臓物が飛散し、更に紅く、紅く染めあげる。どこを見渡しても紅一色の、不気味な世界。
そんな舞台の上で舞う殺戮の踊り子。緋色の美しい踊り手と、朱色の可愛い踊り手。余興はまだまだ終わらない。互いに屠り合い、美しくも残虐なる演舞。
元々赤である二人にはこの舞台が不思議と似合う。赤、紅、朱、緋ー…それは最早、一色に塗りたくられていて。
「竜宮『タイヤヒラメダンス』!!」
ドリル状にしていたそれを羽衣の形に戻す。ひらり、美しく舞う。しかしその中に仕込まれた数々の攻撃。その舞は回避とともに読みづらい切りが含まれていた。
当然穣子は全てを避けることはできない。ピッと頬や腕からかすったような血が飛び散るが一撃一撃は軽い。
「『寒九の雨』!」
杖を振るい、現象化させたのは大粒の雨。大気の妖力なので、雲を必要としない。ザァッと降り注いだが、衣玖はそれを、降ると予想したところよりも上に飛ぶ。体が抜けるための部分は羽衣で払った。
「降るものは、その上へ逃れてしまえば意味をなしませんよ?」
「そうだね…でも、それはあたしの狙い通り!」
具現化した雨には実は何も特別な効果はない。本当に、ただの雨なのだ。
はっと気がつく。自分の飛んだ、更に高いところから大きな矢のような塊が飛んできていることを。
「ーーガァッ!!」
緊急回避。間に合わず、左わき腹を抉られる。ボタボタと、紅い花が地面に咲いた。
いつもの衣玖であれば、これでかなり動きが鈍くなったのだろう。
「…ふふ、ダミーでしたか。」
しかし、今宵は紅い月。ものともしないように、ふわりと地面に舞い降りた。
妖怪としての治癒能力も格段に上がっている。一時間もあれば傷は塞がってしまっているだろう。
「ダミーだけどダミーじゃない。その雨にも、立派な意味がある。よかったよ、今日は秋。紅に染まった葉っぱが美しいね。」
頬を伝う血を指でなぞる。乾ききっていない、綺麗な紅だった。
「静葉さん残念ですね。せっかく染めあげた紅、染めるまでもありませんでした。」
「そうだね。皆が皆、この木々をも紅に、」
ふわり、穣子のスカートが浮き上がる。
何かしらしかける前ぶれだ。
「ーー染めちゃったもんね!」
強風が吹き荒れる。その中に混じる、紅の紅葉の数々。先ほどの雨のせいで、水滴も共に宙に舞った。
軽い葉は荒れ狂う風に乗り、刃物となる。無数の小さな葉が衣玖に襲いかかった。
「棘符『雷雲棘魚』!」
全身に雷のバリアを纏う。雷は彼女には通用しないが、その刃物には十分な威力を見せた。
焼け焦げ、辺りの臭いとは違う香りを漂わせる。世界は生物の臭いで充満している。その臭いは宴には違和感があった。
しかし、似合わないというわけではない。焼ける臭いも、宴を飾るには十分だった。
「ちっ、そいやそんなスペルカードあったね…!」
計算外、といった表情を見せる。にやり、笑うと再び羽衣をドリルのようにし、スペルカードを宣言。
「光珠『龍の光る眼』!」
ゆっくりと回転しながら迫り来る珠。それを横に回避し、直後に衣玖がそのドリルで突きにかかる。
かろうじて斜め後ろに飛んで避ける、がそれも計算に入っていたらしく、
「雷符『神鳴り様の住処』!」
着地地点に大きな雷を落とす。打たれることになったが、それでも彼女は平気だ。
そう、雷、は。
「…ァ、あぁああっ!!」
雷のそれはダミーだった。打たれた瞬間、光による目くらましとなり、穣子の視界を瞬間的に奪う。
そのわずかな間で、衣玖は鋭く尖らせた自分の得物を、穣子の腹部に深く押し込んだのだ。
「雷に打たれたとき、霊力に変換するためかは、光で見えないのかは知りませんが…動きがその間、止まるのです。」
乱暴に引き抜き、すぐに後方に飛ぶ。すぐに衣玖が居たところから植物の蔦が槍のように伸びた。
「く、はぁっ……へへっ、こうも長い間居ると、癖もよぉーく知ってるもんね…ゲホォッ!!」
普通の人であれば、それは致命傷だ。流石の穣子も立っているのが限界だという様子だ。
空洞が出来、気味の悪い体になってしまった。こみ上げる血に、その場で噎せる。そんな隙だらけの彼女を、衣玖は見逃さなかった。
「魚符『龍魚ドリル』!」
一際大きな得物で彼女を射抜こうとする。が、それはできなかった。
蔦、蔦、蔦ーー…手足をしばり、いっさいの身動きを封じる。噎せながらも笑みを浮かべ、荒い息をあげながら、
「…君は、読み合いが…今でも甘いんだ!」
その蔦を伸ばし、宙に体を持ち上げて、一気に地面に叩きつけた。
「ゴァッーー!!」
バキバキと、嫌な音がする。軟弱な骨が数本折れただろう。彼女もまた、口から鮮血をこぼした。
「『寒九の雨』……」
ザァアッと、再びただの雨が降る。衣玖の紅を洗い流すかのように、びっしゃりと彼女を濡らした。
「…く、ただの雨ごとき…!!」
「…さあ…ただの雨だけど、雨は雨だ…!いや、それはただの雨って言うにはちょっと違うかな…?」
終わりだよ、と言いたげに穣子は彼女に近づいた。
水は電気を通す。今雷を放てば、この蔦は全て焼き焦がすことができるだろう。
しかし、気がつく。雷が、上手く扱えない。その瞬間、はっと気づく。
「まさか…!」
「そう…『純粋な水』だったらどうなる?」
純粋な水。あるところでは蒸留水とも呼ばれた、不純物も何もない水。
純粋な水は電気を通さない。水が電気を通すというのは、水の中にある別の何かのせい。
「今君が雷を放とうとすれば、下手をすれば大変なことになると思うよ?」
それに、と言おうとして気がつく。いや、穣子はそのことに気がついていたのだろう。
穣子の背後から、白い光が漏れる。その光は遠く、遠くから輝いている。
そう、これは。
「…ひっ、」
ーー夜明けだ。
「…嫌、嫌だ…!まだ決着がついていません!まだ私は貴方を…!!」
渾身の力で蔦を引きちぎる。感情が爆発したかのように、叫びながら剣を振るう。
しかし、それは闇雲に振り回す拙い攻撃。更に、もう一つ穣子はそこに仕込んでいたものがある。
「もうあたしには攻撃は当たらないよ…君は気づいてないだろうけど、君の今の武器、すごく重たいんだ。」
そう、本来の狙いはこれだった。衣に水を含ませ、重量を重くする。一撃は強くなるかもしれないが、その分予備動作が大きくなる。避けるには十分すぎた。
「…い、嫌です、嫌です!戻りたくない、戻りたくない戻りたくない!!」
瞳から涙が溢れ出す。その瞳には、最早先ほどまでの狂気はなかった。
いよいよ立っていられなくなり、地面に膝をつける。先ほどの無茶な動きに加え、内部の傷は大きく深い。妖力もいつもと同じくらいの強さに戻ってきていた。
「私…戻ってしまったら…また、弱くなってしまう…また穣子に守られるだけの、そんな弱い存在になってしまう…もう、貴方の足を引っ張りたくないのです!」
「…そっ、か。」
ふと、優しい表情になる。思わず武器を振るうのをやめてしまう。
刹那、暖かいものが触れたような、そんな感覚に襲われる。
気がつけば、朱の踊り手の手の中に、緋の踊り手の体があった。
「君の本音、やっと聞けた。足をひっぱりたくなかったから、あたしと出会わなかった方がよかった。あたしに守られてばっかりの自分が嫌だったから、そうなるよりは孤独でいた方がよかった。」
「……」
返ってくる返事はない。ただ、小さな嗚咽が聞こえる。
「…夜明けだよ。あたしの、勝ちだ。」
完全に紅の月が沈み、明るい太陽が辺りを照らす。大地に咲いた紅の花こそそのままだったが、あの狂気の宴は確実に終わったのだ。
「…どうして、私はいつも貴方に勝てないのでしょう…いつもいつも、守られて…身体能力も、実際の力も私の方が強いはずなのに、私は貴方に一度とて勝てた試しがありません…自分でも、分からない…」
どうすれば、貴方を守れるようになるのか。その質問に、穣子はぎゅっと、その体を強く抱きしめて言った。
「守ろうとするからだよ。守ろうとするから、守れない…いや、守れないように感じているだけなんだ。」
「…どういう…?」
やれやれ、と小さくため息をつく。しばらく声が返ってこなかったが、やがて、
「実際あたしは、君にいっぱい守られてる。でもそれは、全部衣玖さんが無意識の行動で、気がついていないだけなんだ。君は、守ろうとして守れていないってとこだけを見てる。本質じゃなくて、結果しか見ていない。」
「……」
あぁ、そうか。
少しだけ分かった気がする。
「…穣子。」
狂っていて、気がつかなかったけれど。
「貴方、最後まで反逆者でしたね。」
「参加者と楽しみすぎたけどね。」
「殺し合いには最後まで反対していました。」
「二次会には参加したくなかったね。」
そう、穣子はこの宴に参加していたようで、最後までしていなかった。
最後まで、反逆者でありつづけた。
そう、最後まで、
殺し合いには応じず、私を止めることを、時間を稼ぐことのみ専念していた。
「…知らない内に守られるとは、このようなことですか。」
飛散物が多かったのは、大きな傷を作らないようにするため。あの矢は、あえて気づくように仕掛けられていた。雨で動きを鈍くしたり、雷を打てないようにしようといった試み。最後のあの一撃は、殺すためではなく、動けなくするためのもの。
「…すみませんでした。」
「反逆者に何で謝るの。」
「理性が無かったとはいえ、貴方を襲ってしまった。酷いことを言ってしまった。あげくにまで、殺そうとしました。」
「殺しはできないよ。あたし神だもん。」
「月の宴とはいえ、私のやったことは許されません。」
「踊り手は踊るべきところで踊るものだ。」
「紅の滴に酔いしれて、魔性を出して、荒れ狂ってしまった。」
「嵐は去るもの。気まぐれにやってくるだけ。」
「…全く、貴方はいつもそうです。」
ふぅ、と一つため息をつく。酷く、疲れた。
無理もない。夜中ずっと宴に参加していたのだ。夜通しで行われた宴会に、疲れないはずがない。
「…ゲーム。貴方の言うとおりにします。」
「それなら…一緒に寝よっか。踊り手のまねごとにはいささか疲れた。」
「それはいいです。私も…」
体を横に倒す。穣子も、それに応じるように、そっと横へ倒れた。
「…月の宴会は、また今夜ですね。」
「今度は、白銀の光を浴びて、ね…」
紅の舞台で。決して紅に染まることのなかった二つの赤。
朱と緋の花が、紅の花に囲まれて、そっと可憐に咲き誇った。
「…伝え損ねてしまったことがあります。」
「ん、何…?」
「貴方、『君はあたしが居なかった方が良かったって思うんだ』と仰いました。
…あれ、嘘ですから。そんなこと、ありませんから…」
「…知ってる。」
豊穣の神は目を閉じた。
体の空洞は、完全に塞がっていた。
明日は九十九の日なので、みのやつ上げたいなぁ…間に合う気なんてしませんが!!
えぇ今年クイズかなり遅れますよ!!あ、あと自動車免許取れましたわぁい!!
因みに、この小説の元々の作品はCWシナリオのほしみ様作『紅し月夜に踊りて』です。リプレイ要素が皆無になったので、最早オリジナル作品です…『紅し夜に仲間とバトル』という、素敵なシチュエーションを使わせていただきました。あの素晴らしい作品をありがとうございました…!!
コメ返。
<キバリん
やっていいのよ。やっていいのよ!
バトル書くの楽しいから、ほら、やろうぜ!!